9.港の戦い ◆9の2◆
我々が駐屯地に到着してから一刻もたたないうちに、オリエンテ商会の馬車がやって来た。商会長のブラムソが、太った身体に似合わぬ身軽さで馬車から素早く降り立ち、私とマリンへ司令官が待つホールの入口を見上げた。
「ライト殿、銀はどこへ運びましょうか?」
「ホールの中に運び込んでくれ。今晩の警備もあるからな」
うなずくとブラムソは部下に指示を伝え、銀の箱がすべてホールの中央に並べられるまで目を離さなかった。
「三十五万両、確認されますか?」
箱がすべてホールの中に収まると、ブラムソがそう尋ねた。
「封印は?」
「すべて王都を出た時のままです」
「では中の銀についてはオリエンテ商会が責任を持つという約束だ。私が確認する必要はなかろう」
「よろしゅうございます。それで交渉にあたってですが」
「何か問題があるのか?」
「この銀をすべて見せてしまえば、船長は値段の交渉に応じないでしょう。かといって現物の銀を見せなければ、交渉自体を拒否するに違いありません」
「ではどうする?」
「この中で十五万両だけを別の場所に移し、そこで船長と交渉するべきだと思います」
「別の場所?」
ブラムソは司令官の方を見て言った。
「駐屯地の船着場はどうでしょうか?」
ブラムソによると、マン船長は司令官の命令でラ・ポルトの港から出ることを禁じられていたため、トゥラン側に強い不信の念を抱いているらしい。前回の交渉は、銀が奪われたという噂を聞いた船長が銀をこの目で見ない限り話し合いには応じないと言い出し、決裂してしまったということだった。今回ただ銀を見せると言って呼び出しても、拘束され、身柄と引き換えに銃を取り上げようとしているのではないかと疑い、交渉の場に出て来ない可能性が高い。マン船長の要求は、銀を持って船まで来いということだが、それは交渉の場が相手の土俵になってしまうので望ましくない。
「妥協案として考えたのが、船着場に船長が直接ボートで来るという方法か?」
「あの船長はトゥランの船乗りを馬鹿にしています。沿岸ばかり航海していて大洋に出たことのない者は、本当の海の男ではないと。むこうも部下を連れて、カッターで船着場に来て良いと言えば、承知するに違いありません」
「別に斬り合いをするつもりはないのだぞ。取引ができればよいはずだ」
マリンへ司令官が眉を寄せてそう言った。
「これは私ども商人にとっては戦いと同じなのです。少しでも自分に有利な戦場を選ぼうとするのは当たり前ではありませんか」
「うーむ、そういうことであれば船着場を交渉の場にすることは認めよう。名代殿、それでよろしいか?」
「司令官が許可してくださるのなら、そうしていただきましょう」
そういうわけで交渉は次の日の正午、駐屯地の船着場ということになった。マン船長も武装した部下を同行させるという条件を付けて、この提案を受け入れた。
「よかったのか? 船長の部下に武器を持たせて」
サトゥースがそう尋ねたのは、自分より私の身を心配してのことらしい。
「アティランド伍長の小隊がな、三百碼先の建物の三階の窓からこちらを見張っている。交代で望遠鏡を使ってこちらを監視するようにたのんだのだ。それで私が合図を送れば、船長とその部下を施条銃で狙撃する手はずだ」
「ライト、お前がそんなことを考えるとは!」
「施条銃の使い方をあれこれ考えているのはお前だけではないぞ」
そう言うとサトゥースは、驚いた顔で私を見た。どうもこの男は、銃のことを考えるのは自分の専売特許だと思っている節があるのだが、私がずっと何を主な武器として使ってきたか、すっかり忘れてしまったのだろう。
「ライト、お前、初めから船長たちを狙撃させるつもりなのか?」
苦虫を噛み潰したような表情のサトゥースに、私は答えた。
「相手が武器を振り回しでもしない限り、そんなことはしないさ。真っ当な商取引をするつもりだ」
「真っ当な取引ねぇ……」
「おっ、取引相手の登場だ」
三本マストの大型船の陰から現れたボートが船着場に近づいてきた。全長三十尺ほどのボートで十四・五人の男たちがオールを漕ぎ、船尾では二人が舵についている。驚いたことに、船首には砲身に帆布を掛けた小型の大砲が備えられていて、そこにも二人の男がついていた。
「ジェニ、アティランド伍長に狙撃する場合真っ先に砲手を狙えと伝えろ! あの大砲には多分、布袋に詰めた散弾が装弾されている」
ジェニにそうたのむと、私は船長を出迎えるため歩き出した。
「あなたが船長か? 私はコデン・オゴディ・シャルマーン陛下の名代エンテネス・ライトだ」
「商船デステミドの船長マン・シーヘンだ。おかしな真似はしないでもらいたい。あのカッターを見ろ」
そう言って船長は後ろを指差した。そこには船長を下ろした後、後ずさりするようにして船着場を離れたボートが船首をこちらに向けて漂っていた。船首の大砲から帆布が外され、砲手が位置についていた。舵を握った男の指示で漕ぎ手が船首をこちらに向けたままに保っているようだった。なかなかの腕前だ。
「あの大砲にはマスケットの銃弾が詰まった袋を砲弾の代わりに込めてある。わしに何かあれば砲手があれをぶっぱなす。今じゃ大砲も雷管を使っているからな、不発はまずないぞ! どういうことかわかるな!」
「銀を強奪するつもりかね?」
「馬鹿な!」船長は髭をふるわせて怒鳴った。もともと赤い顔がますます赤くなった。この顔は本来白い肌が日焼けして赤くなっているようだ。長い航海の間、潮風と太陽に晒されたためらしい。「そちらこそわしらの銃を奪うつもりだろう」
「まともな取引がしたいだけだが」
「それなら何故わしの船を砲をのせた船で取り囲んだ? なぜラ・ポルトから出させない」
「我々の到着まで待つ約束のはずだ」
「銀が届かなければそんな約束は意味がない」
「銀が無いと誰が言ったのかね?」
「噂では……」
「噂に踊らされるのはよくないな」
「では、銀はあるのか?」
「見るかね?」
私は二十碼ほど後ろに置かれている木箱の方を振り返った。船長の目に欲と用心深さの葛藤が浮かんだ。だがどうやら、欲の方が優勢になったらしい。
「見せてもらおう」
本作品に登場する、人物、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。
2013.11.23.01:20 サトゥースの台詞に「か」が抜けているのに気付き訂正。間抜けならぬ「か」抜けでした。




