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8.銀の旅、鉛の雨         ◆8の11◆

 まず、崩れ落ちた土砂をできる限り整地して、輜重の馬車を通過させた。次に荷下ろしした馬車に負傷者を載せ、四(リーグ)先の町ラゴアまで運んだ。ラゴアは王都とラ・ポルトのちょうど中間点に位置する宿場町で、大きな溜池があり、淡水魚の養殖がおこなわれていることで知られていた。ここには海への街道を警備する鎮南軍の第一駐屯地があり、怪我人はそこに運び込まれた。

 二日間かけて大きな岩石が居座っているところを迂回した仮の街道を開通させ、その間にすべての死者の葬儀を執り行った。トゥランの兵士の分については付近の樹を切り出し、簡単な墓標を立てることにした。

 銀を積んだ馬車が集められていた地点に崖の上部が丸ごと落ち、さらに上から土砂が覆いかぶさるように落下していったので、その辺りは完全に地形が変わっていた。このため私の、銀を掘り出さないという判断に表立って反対する者はいなかった。無論この後王都に早馬が出され、私の判断は追認された。この回答には、大隊はサトゥースが率い、引き続きラ・ポルトへ向かうようにという命令も添付されていた。

 最先任ではないサトゥースが大隊を指揮することに不満を漏らす者は、今や誰もいなかった。先の遠征と今回傭兵隊を殲滅した時の見事な指揮という実績があったからである。サトゥースの軍人としての能力はこの大隊のどの中隊長よりも優っているのだから当然のことだと、兵士たちがあからさまに口にしていた。

 ラゴアでは町外れにある南鎮軍の兵舍に隣接した場所に野営することになった。夜になるとサトゥースは中隊長たちを集め、王都から届いた命令について説明した。また、崖の下で銀を積んだ馬車を守っていたため半数以上が死傷した中隊を解体し、とりあえず大隊を一中隊減の九中隊編成とすることを告げた。この後提示した、サトゥースの中隊を指揮中隊とし、中隊長代理にビゴデ軍曹をあてる案にも異議は出なかった。


 中隊長会議の後、私はサトゥースと焼いた川鱒かわますさかなに酒を飲んでいた。このあたりでは公の場でなければ、飲酒してもあまり非難されることはない。ただし、酔った状態で人前に出ることはまた別である。つまりこれは、完全に内輪の酒盛りだった。


「どこまでが姫様のはかりごとによるもので、どこからが偶然なのだ ライト、俺は姫様が怖ろしい」

「何を怖れることがある お前の実力のなせる業ではないか」

「姫様は俺に言ったのだ、千人隊長ミレニオになりたくはないかと 俺が自分はその器ではないと答えると、それでも考えておけと言われた」

「姫様はお前の能力を認めておられただけさ。実際、お前は大隊長にふさわしい実績をあげているではないか」

「だからそれが、姫様の計画にそって兵棋へいぎの駒のように動かされた結果ではないかと言いたいのだ」

「考え過ぎだ、サトゥース」 

「そうです。無駄なことは考えず、これからのことを考えるべきです」


 ジェニが肴の追加を持って現れた。細かく切った豚肉の燻製と馬鈴薯の薄切りを深皿に盛り、チーズの細片をのせてかまどのおきの上でじっくり加熱した一品だ。高熱に当たっても割れたり表面が変質したりしないキタイ製の深皿でないとこの料理はつくれない。溶けたチーズのにおいが食欲をそそる。


「これからのことと言ってもなぁ」

 中隊長たちの前と違ってサトゥースの表情は優れない。

「何をそんなに弱気になっているんだ」

「大隊長の仕事は戦闘だけじゃないんだぞ。書類仕事が増えるだけでもない。ああ、大隊内の人事なんて、考えたくもない……」

「人事ならビゴデの件をさっき片付けたばかりじゃないか。まあ、事務雑務はいい副官を見つけることだな。どの大隊指揮官にも副官が付いているじゃないか」

「簡単に言うなよ。そんな人材どこから連れてくるんだ? だいたい、俺たちには秘密が多すぎるだろ! 誰でもいいというわけには、いかないんだぞ」

「まあ、飲め」

 私は水で割った葡萄酒をサトゥースの盃に注いだ。私たちは生の葡萄酒をガブガブ飲んで酔うことができるような状況にはないのだし、これから今後のことも相談しなければならない。


「明日は行軍があるからな」

「そんなことは重々承知してるさ! 俺様を誰だと思ってるんだ!」

「サトゥース・フェルマン、第三大隊の隊長様だろう」

「そしてアイシャー様の傀儡くぐつ、使い捨ての兵棋へいぎの駒さ」

 今の一言はまずいぞサトゥース、ジェニの眼が冷たいものになった。

千人隊長ミレニオサトゥース殿! 男が一度引き受けた仕事を、つらいとか面倒だとかを理由に投げ出すのですか」

 その声を聞いたサトゥースは、とたんに素面しらふになったようだ。背筋がこわばり、見ると冷や汗を流し始めた。怖いのは何もアイシャーだけではないことを思い出したのだろう。

「い、いや、そういうわけでは……」

「そういうわけでなければ、どういうことなのか説明してもらえますか」

「なにも俺は大隊を率いるのが面倒だとは言ってない」

「でも、大隊長の仕事が嫌なのでしょう」

「いや、別にそういうわけでは……」

「だったら今のアイシャー様へのお言葉は何なのです? 不平不満としか聞こえませんでしたが」

「いや、不満とかないから……」

「よく聞こえませんが!」

「不満なんてありません! 喜んでやらせてもらいます!」

 サトゥースの声が悲鳴に近かったのは酔っていたせいではあるまい。


 酒と肴が片付けられ茶が出された後、私はジェニに尋ねた。

「ラ・ポルトまではあと六日かかる。この先の街道は安全だろうか?」

「ハサスの者たちが斥候に出ております。ただ、人数の関係上街道の近辺しか確認できません」

「まあ、それは仕方がない。そのへんは行軍時の部隊運用で何とかしてもらおう。どうだ、サトゥース?」

「うむ、これからは銀を運ぶ馬車を守る必要がないから、そのへんは今までより自由がきく。偵察部隊の出入りを上手く組めば隙を突かれることもあるまい。それに何と言っても実戦を経験した兵は信頼できる。その意味では前より有利になったと言えるだろう」

「だからと言って気を抜かないでください」

「そんな当たり前のことは、言われなくともわかっている」

「六日後にラ・ポルト到着か、最初の日程より二日の遅れになるな」

「しかし、ラ・ポルトに着いてからが問題だ」

「そのへんはオリエンテ商会が上手くやってくれるかだが……」

「とにかく一刻も早くラ・ポルトにたどり着くことだ」

「これ以上犠牲をださずに無事につけるといいが」


 結局それは相手次第なのだ。我々としては気の抜けない旅が続くことになる。いつまた再び、鉛の雨が降りかからないとも限らぬ旅だ。


本作品に登場する、人物、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。                        2013.11.21.  ラ・ポルト到着の日程ミスを訂正。

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