8.銀の旅、鉛の雨 ◆8の10◆
確保できた捕虜は、ロマたちから頭目を含めて三人、そして傭兵隊からは九人だった。ロマたちはトゥラン側のマスケットから一斉射を食らった時点で総崩れになり、重傷者を置き去りにして逃げ出したので、死者の数は意外と少なかった。これに対し傭兵部隊は統率が取れており、組織立って作戦を進める訓練を受けていた。このため被害を受けても直ぐには抵抗をやめず、結果として被害を拡大することになった。
部隊として降伏しようにも、戦闘の前半での施条銃による狙撃が、指揮系統の上部を潰してしまったのである。このため、銃剣を構えたトゥラン兵に圧倒されるまで、抵抗をやめる判断を下す者が存在しなかった。
また、トゥラン兵が全員常備軍であったということも彼らにとっては不幸だった。傭兵は賃金を受け取って仕える相手をその度ごとに変え、あるいは敵味方さえ変える反面、得にならない殺戮はしないものである。だが長いあいだ寝食を共にし、常に同じ側で戦うことしか考えてこなかったトゥランの兵士たちは、無残にも味方が岩石の下敷きになり死んでいった姿を見て、怒り狂ってしまった。
しかも、サトゥースの指揮により比較的被害は少なかったとはいえ、斜面の上からの一斉射を浴び、頭上を鉛玉の雨がかすめていくのを皮膚や頭髪で感じたのである。
トゥラン兵の血管の中で燃え盛る殺戮の炎が鎮火するまでには、かなりの生贄が必要であった。
「傭兵隊の士官に生き残りはいないのか?」
「ほとんどが施条銃隊の餌食になりました。ご存知のように小さな穴を開けるだけの今までの弾と違い、あの銃の弾丸は出口の側に大きな穴を開けます。腕に当たると、当たったところから先が吹き飛んでしまうこともあります。戦闘中は止血することさえままなりませんから、あれにやられた人間は直ぐに死んでしまいます」
ビゴデ軍曹が弁解するように答えた。今になってみると、さすがにやりすぎたと軍曹も思っているのだろう。結果論だが。
「まあ、四百碼の距離ではな……」
「ダズは死者の中にいなかったのか?」
これはサトゥース。
「禿げ頭に刺青なんて死体はありませんでした。生き残った傭兵の話によると、銀山から火薬の専門家を連れて来ていたそうです。あの爆発が起こった崖の上にいたのでしょう」
「鉱山で火薬を使って坑道を掘り進む、発破というやつだな」
「それを使って崖崩れを起こしたのか」
私たちを襲った奴らの目的は、銀を強奪することではなく、それを大量の土砂と岩石の下に埋めてしまい、簡単には掘り出せなくすることだった。つまり銀を奪うことではなく、使うことができなくすることを戦闘目標としていたのである。
考えてみれば、馬車十八台もの銀である。銀を奪ったとして、それを持ち去るのが難しいことは、誰が考えても明らかだ。トゥラン王国の中央部、王都の近くまで侵入して我々を襲撃するという大胆な計画を今回実行した奴らは、早い段階からこのような結末を見据えていたのだろう。
だが、それはこの襲撃の計画者の意図も明らかにしてくれる。彼らはキタイあるいはトゥランが大量の施条銃を入手することを、阻止しようと考えているのだ。
「捕虜にした傭兵たちは誰に雇われたと言っている?」
サトゥースが捕虜を尋問した軍曹に尋ねた。
「ウルクです。少なくとも今回の遠征の出発点はウルクだと言っています。ただ……」
「ただ、何だ?」
「そこにフランツ帝国の軍人がいたそうです」
サトゥースと私は顔を見合わせた。フランツ帝国は、ウルクを含むシュバール都市連合の向こう側にあるジプトと、青海をはさんで対峙している大帝国である。距離的に離れている上、間にいくつもの国があるので、なぜフランツ帝国が関わって来るのか私にはわからなかった。
「ところで隊長、これから我々はどうするのですか?」
普段上官に話しかけることなどほとんどない軍曹が自分から質問したのは、やはり不安を感じているのだ。
「まず負傷者の治療と部隊の再編成だ。大隊の指揮を俺がとることになったから、お前に中隊を預けるぞ」
「私が中隊を……」
ビゴデ軍曹の表情が少しひきつった。
「今までも俺が不在の時はお前に任せていたではないか。まあとりあえずこの任務終了までだが、できればその先も考えてほしい」
「しかし……」
「他の者に俺の中隊は任せられん。上の方には俺が働きかけるつもりだ。なに、お前の実績を考えれば反対はできんさ」
軍曹がためらうのももっともだ。トゥラン軍の中で貴族でも郷士でもない家柄の者が士官を勤めている例を、私は知らない。軍曹のように平民で、一兵卒からの叩き上げは下士官どまりというのが常識だ。それは士官同士の付き合いの問題だけでなく、平時の士官の仕事である報告や事務文書の作成などに必要な素養を持つ平民があまりいないからでもある。
「まあ、考えておいてくれ。とりあえず、この任務の間は中隊をたのむぞ」
「わかりました。ところで銀の掘り出しのことですが……」
軍曹がその話題に触れたので、私とサトゥースは視線を交わした。しばらくためらった後、私が小さく頷くと、サトゥースは軍曹の方に視線を戻し、一度固く引き結んだ口を開いた。
「掘り出さないのだ、軍曹」
「えっ! しかし、三十五万両の銀ですよ! 隊長!」
「部隊を再編し、地面の上のものを片付け終わったら、大隊はそのままラ・ポルトへ向かう」
「誰かが銀を掘り出し、持ち去ったらどうします? それにあの下には仲間の遺体が……」
掘り出すには大隊全員で何ヶ月もかかると分かっていても、仲間の亡骸を掘り出し、葬ってやりたいという気持ちが大きいのだろう。それに大量の土砂の下とはいえ、銀を置いていくことに納得できないのも無理はない。
「あの下に銀はない」
「どういうことです?」
「大きな声をだすな。いいか我々が運んでいたのは鉄の延べ板だ。だからあの下に銀は埋まっていない」
「我々が命懸けで守ったのは、ただの鉄の板だったということですか?」
「そうだ。だがこれは大隊長と俺以外は知らん。他の中隊長にもまだ知らせていない。しばらく誰にも喋るな」
サトゥースが軍曹に秘密を明かそうと考えたのは、これからの行軍にどうしても必要な軍曹の信頼をつなぎとめるためだ。私も、疑問を抱いたままの軍曹に中隊を任せることはできないという奴の判断を支持したからこそ、軍曹に話すことを了承した。
私も信頼しているということが伝われば、少なくともこの任務の間は、ビゴデも中隊長代理の仕事を自信を持って果たすだろう。
「仲間をあの下に埋もれたままにすることは心残りだが、我々にはまだ任務がある」
サトゥースのその言葉に、軍曹はまだ納得しきれていなかった。
「銀を護送するのでなければ、我々の任務とは何なのでしょうか?」
「ラ・ポルトで荷揚げされた銃を受け取り、トゥランで最初の施条銃軍団を編成することだ」
本作品に登場する、人物、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。
2014.04.18. 『改行後の1字下げ』を1ヶ所訂正。
『トゥーリアで最初の』を『トゥランで最初の』と訂正。




