8.銀の旅、鉛の雨 ◆8の8◆
三日目も何事もなく過ぎ、四日目に入って街道は今まで側を流れていた川と一度離れ、山の中に分け入った。この山自体を水源とする小川や泉があるので飲み水については心配ない。問題は道の両側に山が迫っていることだ。途中で山の上から攻撃されるようなことがあれば、長い隊列が分断されかねない。大隊長のグスマンは一中隊を先遣して威力偵察に当たらせた。
この場合の威力偵察とは、敵に遭遇し戦闘に突入することを前提とした偵察であり、相手に対して姿を見せて進むことになる。そのため隠密に行う偵察に比べ、危険度は高くそれなりの覚悟が必要である。だがグスマンに指名されたその中隊長がどこまでそれを理解しているのか、私は不安であった。
「振り返りもしないで進んで行ったが、あいつ大丈夫なのか?」
サトゥースに馬を寄せてそう話しかける。そこへジェニが灰毛の馬を走らせやって来た。
「尾根の向こうに動きがあります」
サトゥースが緊張した表情になり尋ねる。
「どちら側の尾根だ?」
「両方です。ただ、右のほうはロマらしいのですが、左側の正体がよくわかりません」
「何人ぐらいいるのだ?」
「ロマは百数十名、反対側の尾根には二百ほどのようです」
「武装は?」
「ロマの方は弓矢や投石器、投槍、長槍、矛槍、刀剣、斧、棍棒など雑多だそうです。ところが左側の賊は多くがマスケットを装備しているようです」
「何だと! だいたいそんな軍勢が接近するのに気づかないとは、いったいハサスは何をしていたんだ!」
「おい、サトゥース、無理なことを言うな。ハサスは魔道でも、ましてや神でもない。ただでさえ王都とこの護送隊とで大きく二手に分かれているのだ。行程のそんな先までハサスの目が届かないのは当たり前ではないか。お前がハサスにたより切っていることの方が間違っている」
私にそう言われ、サトゥースが言葉に詰まったのが見て取れた。奴も自分がうろたえ、ジェニに当り散らしたことに気づいたのだろう。そもそもサトゥース自身が先行偵察の必要性を感じ、ビゴデ軍曹にそれを命じていたのだ。この敵の発見は彼らが、自分たち自身でするべきことであった。
私は今回の遠征に派遣されたハサスの数がそう多くないことをジェニに聞いて知っていた。また乱波の方はアイシャーに使われているのであって、軍に雇われているわけではない。ただこのことはサトゥースの問題というより、大隊を指揮するグスマン、あるいはこの任務全体の統括責任者である私の責任であった。
「ジェニ、左側の尾根に隠れている奴らはどんな連中だと思う」
「武装の内容から見て野盗匪賊の類ではなく、いずれかの勢力に雇われて戦う傭兵団のようなものではないでしょうか」
「傭兵か、今までの経過から考えるとありえることだな」
「ライト、お前も傭兵だろう。何か心当たりがあるのか?」
「いや、私は傭兵といっても商隊の護衛を何人かで請け負うような仕事しかしない。傭兵団となると少なくとも数百、時には千から万の兵力を集め、国と国との戦争のために雇われる。そういう傭兵隊の隊長の中には、ちょっとした貴族のような暮らしをしている者もいるそうだが……」
「シュバール連合の都市国家はどれも数百から千ぐらいまでしか常備軍を持っていないからな。戦争となれば傭兵隊の出番、ということぐらいは知っている。俺が聞きたいのは、今回現れた連中のことだ」
「シュバールやその向こうのジプトあるいはネアロメ帝国に雇われる傭兵団というといくつもある。数百人規模ならそれこそ無数にあるに違いない。まあ、それらが集合離散して大きな傭兵団ができたり、また消えたりするのだがな。距離的に考えて一番可能性の高いのは、シュバールの都市国家のどれかに雇われた傭兵団だろう」
数百丁のマスケットとなると、使い方によってはこの大隊に大きな打撃を与えることが可能な戦力であった。おそらく右側の尾根に隠れているロマの方が先に攻撃をかけ、大隊の注意が完全にそちらに向けられた時を狙って、反対側の傭兵たちが襲撃してくると考えられた。予期せず後ろから攻撃を受けた場合、下手をすると壊滅状態に陥いることもありえるのだ。
「俺は大隊長に両側の敵に備えるよう進言して来る」
サトゥースが馬を走らせていった。大隊を二手に分け両側の敵を迎撃すれば、奇襲を受けた場合に比べれば被害は少なくおさえられ、反撃して敵を追い詰めることさえ可能だろう。間もなく伝令が各中隊に走り、どの隊がどちらの敵に備えるのかの指示が伝えられたようだった。
「かろうじて間に合ったようです。あれを!」
ジェニが指差したのは右側の尾根を越え、喚声を上げながら走り降りてくるロマたちの姿だった。これに対して隊列の後半にいた二つの中隊が下馬し、横隊を作ってマスケットを構え進み始めた。また一中隊が残された馬をまとめ輜重部隊まで追っていった。馬の暴走による混乱を防ぐためである。
斜面を駆け下りるロマたちの勢いは止まらなかった。間もなくそちらの方から、パパパパ、パパン、という連続した一斉射の音が伝わってきた。ロマたちが次々と倒れるのが見えた。二百丁近いマスケットの銃声は、これだけ離れていなければさぞかしすさまじいものだったろう。一斉射が終わり、兵士たちは銃剣を前に突き出し、斜面を登って生き残ったロマたちの方へ進んでいった。
すると反対側の尾根に隠れていた兵力が姿を現し、マスケットを構えて横隊を作り斜面を下り始めた。こちらでは隊列の前半にいた三つの中隊が下馬した。マスケット銃の横隊が編成されている間に、残された馬を二中隊がまとめ、右側の斜面の方に追っていった。
サトゥースは隊を率いて大回りし、斜面を降りてくる傭兵団の側面を突こうとしていた。一中隊は偵察に出されていたので、銀を守るのは一中隊だけであった。そこには大隊長のグスマンもいて、全体の動きを見守っていた。
私は左の斜面を馬で上るサトゥースに追従しているところだった。その時、両側の尾根の上に動きがあった。私は斜面の途中から銀を積んだ荷馬車が止まっている位置を見下ろし、思わず叫んだ。
「しまった! 奴らの狙いは銀を奪うことではない!」
本作品に登場する、人物、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。




