8.銀の旅、鉛の雨 ◆8の6◆
ペジナにその男の特徴を聞くと、どう考えてもそれはダズだった。禿げた頭に人形の青黒い刺青がある。目つきが悪く、ダミ声で話す。臭い毛皮を着ている。足を引きずって歩く。などなど、ペジナは私の知らない特徴まで上げてみせた。
「そいつはいつから親方の客人なんだ?」
「三日前に来た」
ソンブラがつかんだ動きというのはこのことだろうか? それならはっきりダズに気を付けろと言ってよこせばいいはずだ。他に何かあるのだろう。
「ところでライト殿、この身から聞きたいことがあるのだが、教えてもらえぬだろうか?」
不意にリブロが切り出したので、私は何のことだろうかといぶかしく思った。
「お尋ねの内容にもよるが……」
「陛下の御前であなたが暗唱してみせた『物語歌いの秘密の物語歌』のことなのだ」
完全に予想外の話題だった。リブロが言葉を続けた。
「あの詩は八行八連という詩形で書かれているはずだ」
「そうなのか?」
「ダンテ・デ・レアの他の詩はみな同じ詩形で書かれているし、あの詩も八行詩だ。だが、この身の手元にある原文は七連目までだ。間違いなくレアは八連目を書いたに違いないのに! ライト殿はもしやその八連目をご存知ないだろうか? 知っているなら教えてくれ」
「その男が七連目まで書いてやめたのじゃあないか?」
「そんなはずはないのだ! あなたは知っているのだろう、ライト殿! 出し惜しみしないで教えてくれ」
最後の言葉になんだか悲痛なものを感じて、私は思わす鞍の上で身をのけ反らせた。ひょっとしてこの男、この疑問の答えを知りたいがためにこの旅への同行を王に願い出たのだろうか? まさかと思う反面、多分それが真実だという気がした。
「残念ながら、その八連目というのは私の記憶にない。だから教えることもできないな」
「そんな!」
「何と言われても知らないものを教えることなど無理な話だ」
リブロは私を凝視していたが、やがて私が嘘をついているわけではないと悟ったのか、ガックリと肩を落とした。
リブロの側から離れ、私は急ぎサトゥースの所へ馬を移動させた。
「ダズが銀山から逃亡し、ウヴァに現れたそうだ!」
「どういうことだ?」
「あのロマの子がダズと話したと言っていた」
「リブロの稚児さんか?」
「金髪だから本当にロマかどうか怪しいが、ロマと暮らしてはいたのだろう」
「あー、あの髪な。ロマにはいろんな血が混じっているから、時々現れるって話だぞ」
「じゃあ、幼い頃に拐われて来たというのは眉唾か?」
「まあ、ありえない話じゃないが、それより」
「ああ、ダズがロマの所にいたのは本当らしい。禿げ頭に刺青とあの子は言っていた」
「なるほど、間違いなさそうだ」
そこにジェニがやって来た。
「ライト様が馬を走らせて行くのを見たもので……」
「ああ、ジェニ、ダズが近くに現れた」
「いったいどこに?」
「ロマの親方の馬車にいたと、あの子が言っていた」
移動しながら暮らすロマたちの中には小さな小屋を馬車に積んで、その中で生活する者もいる。ペジナの親方の馬車が積んでいた小屋は大きめで、大型の馬二頭で引いていたそうだ。
「どうやって銀山から逃げ出したのでしょう?」
「また第三王子の筋の手引きじゃないのか?」
「でも、ファルコ王子は……」
「ああ、姫様の指示で乱波が見張っているはずだが」
「俺にとっては王都がどうなっているかより、ダズがこの近くで何しているかの方が問題だよ」
とりあえずはサトゥースの言うとおり、身近にいる敵の心配をするべきだろう。
「まさか千人隊相手に正面から挑んでくるような真似はしないと思うが……」
「奴らが何人集められるかわからんが、それこそ玉砕するだけだろう」
「奇襲をかけられた時、大きな被害を受けることがないと断言できますか?」
「だからこそ俺の中隊が矢面に立つことにしたんだ。他の中隊も普段から訓練はしているんだ、最初の襲撃さえしのげば、その間に体勢を立て直せるだろう」
「でも、これだけ長い隊列ですよ。どこから来るかわからないのに、間に合うよう駆けつけられますか? それに一方向から来るとは限らないでしょう」
「うーん、苦しいところだな」
「サトゥース、犠牲が出るのは覚悟の上だろう。相手の血だけ流して自分の側は無傷なんてありえん。むしろそのことを、他の中隊に身を持って学ばせるべきなんじゃないのか? ガリエルのことを忘れる奴は、お前の中隊にはいないはずだ!」
ガリエルはクフナ・ウルから王都までの旅の途中、獅子と戦って命を落とした兵士だ。
「うーん、だがそれは……」
だがそれはこの千人隊の中に人死が出るということだ。はっきり言ってしまえば、戦える千人隊を産み出すための生贄だ。それだけの代価を払わなければ、変わることはできないだろう。だがアイシャーは、いや私がだ、何という犠牲を要求しているのだろうか!
私は自分が、富と豊穣の代償として人身御供を求めるという、恐ろしいモロク神になったような気がした。
本作品に登場する、人物、国家、民族等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。




