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8.銀の旅、鉛の雨         ◆8の5◆

 昼餉ちゅうしょくの後どうしたわけか中隊間の順番が入れ替わり、サトゥースの隊が隊列の先頭についた。私は馬を早足にしてサトゥースの側まで進んだ。奴はちょうどビゴデ軍曹に、小隊を率いて偵察に出るよう指示しているところだった。


「先頭が入れ替わったのは何か理由があるのか?」

 私が尋ねるとサトゥースは顎をこすりながら首を振った。

「なあに、いつも土埃を浴びているばかりじゃ気が滅入るから、時々交代することになったのさ」

「それだけか?」

「何を期待しているんだ?」

「分かっているだろう」

「あの小僧ならリブロの奴が付きっ切りで面倒を見ているから、仲間と連絡を取ることなんかできない相談だろうよ」

「おや、あいつがそんなに優しい男だとは思わなかったがな」

「はっ! 小僧にしてみれば災難だろう。昼の大休止の時なんか、奴め小僧を川に突き落として、頭からゴシゴシ洗っていたぞ。自分もずぶ濡れになりながらな。みんな最初はびっくりしたが、その後は大笑いさ」

 リブロの奴、シラミのことをよほど根に持っているに違いない。

「風邪をひかなけりゃいいが」

「心にもないことを言うな! お前、今朝は本当にあの小僧を処刑するつもりだったんだろう。それに比べれば、水浴びぐらいどうってことないさ」

「まあ、誰も止めなければ仕方ないだろうとは思ったが」

「あの伍長なんか、顔色が変わっていたぞ」

「ジェニのことか?」

「うちの中隊の者ならわかっているが、あいつは第三大隊とは言っても他の中隊員だからな」

「お前、どこまでわかってる?」

「大隊長にはちゃーんと話してあるよ。何かあったらまず俺の中隊が動きます、とな」

「それから?」

「で、俺たちがまず『殺し』をやって見せるのさ。本当の『戦闘』ってやつをな。そしたら他の隊の奴らも、覚悟を決めるだろうさ。俺たちは兵隊なんだ。『殺し』も仕事のうちさ」

「わかっているならいい」

「大事なことはその後だ。兵隊の仕事は『殺し』だけじゃないことも、教えてやらんとな」

「まあ『殺し』だけしかできない兵隊も困るが、『殺せない』兵隊は使えないぞ」

「大隊長はわかってる」

「だからお前に任せたということか?」

「別に大隊長が手を汚したくないと思っているわけじゃない」

「ああ、一番の適任者にやらせるだけだろう」


 その後私は道端に馬をとめ、隊列が進んでいくのを眺めた。さすがに竜騎兵で馬の扱いが下手なものはいなかった。やがてリブロが男の子を抱きかかえるようにして鞍の前に乗せ、やって来るのを見つけた。私の前を通り過ぎる二人を見てびっくりし、思わず馬をリブロの隣に寄せた。

「お前、金髪じゃないか! 金髪のロマなんて聞いたことがないぞ」

 男の子は怯えたように私を見て身体をすくませ、リブロがそれをかばうように抱きしめた。やがてリブロが代わりに口を開いた。


「この身が聞きましたところ、この子は幼い頃にロマにさらわれ、ずっとロマに育てられたそうでな」

「だが、今朝は金髪じゃなかったはずだ」

「左様、周りと違う髪の色は目立ちすぎると言われ、染めていたとのこと」

「それが水浴びしたら落ちたということか」

 だが、生まれが何だったにしろ、ロマに育てられた者はロマだ。それとも違うのか?

「お前、名は?」

 今は金髪となった少年はしばらく黙っていたが、やがてポツリと答えた。

「ペジナ」

「そうか。ではペジナ、お前の仲間は?」

「知らない」

「知らないはずはないだろう」

「昨日、出発の準備をしていた。今はもうウヴァにいない」

「どこに向かったんだ」

「知らない。行き先を決めるのは親方だけど、ペジナなんかに教えたりしない。オイラたち、ついて行くだけ」

「お前、何で兵隊に囲まれたあの場所に入ろうとしたんだ?」

「親方が何かいいものないか見てこいって言った。できたら貰ってこいって」

「あー、ロマだからな」


 ロマには財産が個人に属するという考え方がない。そこにあるものは誰のものでもある共有物なのだから、欲しい者が持って行ってよいとする文化があり、世間がロマを根っからの泥棒だとする原因になっている。ロマ以外の者はそんな考えを認めないが、ロマはあくまで自分たちの考えを押し通そうとする。軋轢が起こるのも無理はなかった。


「それにしてもよくあそこまで入り込んだな」

「親方の客人が、オイラだったら子どもだから捕まっても大丈夫って言った」

「客人?」

「頭に変な刺青のあるダズっていう人だ」

本作品に登場する、人物、国家、民族等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。

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