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7.王の夢、王城の罠       ◆7の15◆

 前話と同じ場面の続きです。

「どうしたリブロ? ずいぶんと顔色が悪いが?」

 王が尋ねると、王の文書管理官は我に返ったように顔を上げ口を開いた。

「陛下、この身はライト殿に詫びねばなりません。確かに彼はこのバラッドの続きを知っておりました。しかし、それはありえぬことだったのです」

「どういう意味かわかるように説明せよ」

 この男が説明してくれるのなら幸いだ。実は私は記憶を失い、なぜこの歌を知っているのか、自分で説明することができない。


「この歌は元々ロスマン語で書かれており、たまたま興味を持ったこの身が仕事の合間に我らの言葉に訳そうとしている最中なのです。ロスマン語が使われていたのは西方のウィトゥルス半島の南部の諸国ですが百五十年ほど前にすべて滅ぼされ、今はこの言葉を使う民はおりません。歌の作者あるいは記録者であるダンテ・デ・レアという男と同様に、歴史にのみ残る言語です」

 そこまで話してリブロは理解できたろうかというように私たちを見まわした。誰も話をさえぎらないことを確かめると彼は言葉をついだ。

「ですから、ライト殿が知っておった三連目以降は、原文はこの身の書庫にありますが、我らの言葉に訳されたものとしてはこの世のどこにも存在していないはずなのです」

「お前が訳そうとしていた下書きが存在するであろう」

 王が指摘した。

「それが……なにしろ古い言葉であまり資料もなく、類推するしかないもので、特に抽象的な部分がほとんどのように見える五連目で行き詰まってしまったのです。ロスマン語を使っていた民族は大昔に海の中に没したというミノスの島々にいた民の末裔で、闘牛が盛んでした。どうもこの身はそれにとらわれ過ぎていたようで……」

「では、ライトが誰も知らぬはずの歌を知っていたと申すのだな」

 王の文書管理官はため息をついて頭を下げた。

「はい陛下、おっしゃるとおりでございます」


「どうやらライトは大嘘つきではなかったようで、何やら残念な気もしますが、この話はこの辺で切り上げてはいかがでしょうか?」

 アイシャーが少しも残念ではなさそうな声でそう言った。常識的に考えれば、王のいるこの場で話をどう進めるか差配しようとするなど許されることではないが、アイシャーは常識を超越しているようだ。


「そういえば后妃と話し合わなければならぬことがあった。リブロ、カラ・キタイとの約定はどこまで達成されているかな?」

 なるほど、記録管理官は本来このためにこの場に同席していたのか。それなのになんでこの男はウードなど持ち込んで歌ったりしたのだ? おかげで話がもつれてしまうところだったではないか!


「荷を積んだ船はすでに港に入っております。ただ、荷主でもある船長は銀と引き換えでなければ荷揚げをしないと、強情を張っております。おおかた値上げの交渉に持ち込もうとしているのでしょう」

 王はアイシャーの方を見た。アイシャーは首を振って答えた。

「後装式の銃が軍に配備されだした国も現れつつあるのですから、施条してあるとはいえ前装式の銃は値崩れ状態です。とても二年前の一丁十四(テール)などという価格で買うところはありませぬ。出すとしても最初の付値の七(テール)まで、できれば三(テール)以下に買い叩きたいところです」

「ふむ」

 王は記録管理官を見やった。

「五万丁ですと一丁七(テール)で三十五万(テール)、一丁三(テール)では十五万(テール)になります」

「いずれにしろ馬車一台で運べる量ではないな」

「はい、三十五万(テール)では馬車十五台以上が必要でしょう。それも銀を積む分だけでです」

「そんな大量の銀をすぐに用意できるのか?」

 王がアイシャーを見て尋ねた。

「二日の猶予をいただければ、馬車に積み込めます」

 平然としてアイシャーが答えると、王も記録管理官も黙り込んだ。すでに王都のどこかに銀が用意されているとしか考えられないからだ。いったいどれだけの銀をアイシャーは持ち込んでいるのだろう?

「銀をラ・ポルトまで運び、その後銃をカラ・キタイまで運ぶ。輸送と護衛の費用として五千丁の銃をカラ・キタイはトゥラン王国にお渡しします」


 考えてみるとこれはなかなか上手い方法だ。一度トゥランが購入したものをカラ・キタイに売るという中継貿易のやり方だと、トゥランはその資金を用意しなければならない。だが、買った品物が利益を乗せた価格で売れるとは限らない。実際この施条マスケットは値崩れしている最中なわけで、万が一売れずにしばらくたつと、屑鉄同然の商品になってしまいかねない。カラ・キタイの側としては銀ではなくて決まった数量の現物でトゥランに報酬を支払うことにより、価格交渉の場でトゥランをカラ・キタイ側につけることができる。価格が上がってもトゥランにとっては利益にならないばかりか、面倒が増えるだけだからだ。通常このような仲介では手数料は五分が相場なので、その二倍の一割が手に入るこの条件はトゥランにとっても悪くないのだ。


「五万丁全部をトゥランが押さえてしまう可能性はお考えにならないので?」

 記録管理官がアイシャーに尋ねた。馬鹿なやつだ、アイシャーを甘く見ている。すぐさまアイシャーが尋ねたのは、王に向かってだった。


「陛下、今のは陛下の記録管理官としての言葉だと受け取ってよいのでしょうか?」

 王は眉をひそめ、それからアイシャーの眼を見て答えた。

「いや、ちんはそのようなことを考えたことはないし、これからもそなたの父君との信頼関係を保っていきたいと願っている」

 王が『ちん』という言葉を発したことにより、この発言は記録に残さざるをえなくなった。リブロ、お前の仕事だよ。


 銃の代金を運ぶ荷馬車隊の出発は三日後とすること、護衛にはサトゥースを含む第三大隊があたること、ラ・ポルトでトゥランへの報酬の一部として千丁の銃を第三大隊に引き渡すこと、王都まで運んだ時点で残りの四千丁を引き渡すが、トゥランはその分の銀に相当する宝鈔ほうしょうをカラ・キタイ側に預け、それは四万五千丁の銃が砂漠を越えた地点でトゥラン側に返却されること、などが取り決められ、文書にされた。


 王は次の朝、夜明けとともに開かれた御錠口を出て、渡り廊下を歩き白宮に戻った。

 いったい王はアイシャーの胸の上でどのような夢を見たのだろうか? 王者の見る夢は私たちとは異なるのか? あるいはまたそれは、アイシャーの見せる夢だったのだろうか? 前夜のうちに階段を降り、後宮を去った私とリブロには知るすべもないことだった。

 次の話から次章に入ります。ライトたちはまた旅へ……、アイシャーはどうなるのかな?

 誤字や明らかなミスタイプあったら、お知らせください。お願いします。

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