7.王の夢、王城の罠 ◆7の10◆
竜騎兵隊に入隊するためには、まず自分が乗る軍馬を自費で用意しなければならない。
軍用に使える馬が高価であることを考えると、ずいぶん敷居が高いと感じないではいられない。だがそもそも軍馬に乗れない者を入隊させ、その後手とり足とり教えてくれるなどということを竜騎兵隊に期待する方が馬鹿だ。
軍馬に乗って戦闘行動をとれる人間というのは、子どもの頃から馬に乗りなれている。つまり馬を所有し養っている家の息子、多分貴族か郷士だろう。時としてそのどちらでもなく、父親が竜騎兵であるだけのビゴデ軍曹のような場合もある。軍曹がどうやって自分の軍馬を確保したのかは分からない。だが入隊した時には、とにかく一頭連れて来たはずだ。
さすがに二頭目三頭目も自前で用意しろとは言われない。戦闘中に乗馬が死傷してしまった場合は隊の方で用意した予備の馬に乗れることになっている。隊が予備の馬を用意できない場合は、戦闘時の兵馬が定数を割ってしまうので、これは結構深刻な問題だ。
戦闘がなくても馬は病気や怪我をする。機械ではないので倉庫にしまっておくというわけにはいかない。常に調教し、集団戦にも対応できるよう訓練していて、初めて軍馬として意味をなすのである。
諸事情から、王都第三竜騎兵大隊の人気は今まであまりよくなかった。
大隊というのは、正式には千人隊と言わなければならない。その昔、トゥランが国を築いた頃は千人戸と呼ばれる所領の区切りがあり、各千人戸は千騎の騎馬軍団を養うに足る広さであった。元をたどればこれが現在の竜騎兵大隊の成り立ちなのだから、大隊は千騎が定数なのである。
ただ、どの千人隊も定数の千騎を維持するのが困難な現状から、千人隊と呼ばず竜騎兵大隊とか騎馬大隊と呼んでしまうことが多くなっていた。さて第三大隊の不人気の理由といえば、第一や第二のように有力なパトロンがついていない第三大隊は当然馬の補充も満足にできず、その他の待遇の面でも何かと日陰の身と見られることが多かったからだ。
ところがこのところ、第三大隊への入隊希望者が増えてきた。言わずと知れたサトゥース効果である。さすがにサトゥースの隊へ入れてくれという猛者は多くなかった。
ビゴデ軍曹に隊長への取次ぎをたのもうとしてジロリとにらまれた若者が気絶したとか、戦場で血の洗礼を受けた者しかあの隊は受け入れないとか、入隊試験で実弾の飛び交う中を駆け抜けさせた、とかいう噂が流れたからである。
第三大隊の長グスマン・デ・アルファラは最近増えた入隊希望者をどう割り振るか悩んでいた。大隊の各中隊には大幅な空きがある。本当は百人隊である中隊なのだが、隊に属する軍馬の数がその半数に満たないという例さえある。軍馬が無い騎兵は騎兵とはいえないという当然の理由から、自分の乗る馬が無くなった者は辞めていく。
第三大隊の人気が低かったこともあり、新しく入ってくるものは少ない。結果としてどの中隊も軒並み定数を割っているというのが現状なのである。馬を連れて来るのだから、新しい入隊希望者は大歓迎だ。歓迎ではあるのだが……。
「それでいったい、部外者のこの私に相談というのは何のことです?」
ここはグスマンの執務室、さすがに大隊長の執務室はサトゥースのそれとは違って、厩舎と隣り合ってはいないし、扉も開け放してはいなかった。私は今日もアイシャーの馬の様子を確かめるという名目で王城から抜け出し、第三大隊の兵舎に入ったところを大隊長付きの副官に呼び止められ、この部屋に拉致されてきたのだ。
「今のところ三十数名の入隊希望者がいるのだが、これをすべてサトゥースの隊に入れるわけにはいかん」
「確か、サトゥースのとこは七十五騎の竜騎がいるって話でしたから、全部入れると確かに百を超えてしまいますねぇ」
「あいつの隊は軍馬が七十五頭、それ以外に使役馬三十頭。馬匹を百以上確保している時点で別格なのだ」
「それって……?」
「奴の努力の成果だと認めることは、自分もやぶさかではない。この前の任務で、予定外ではあるが野盗の大規模な討伐という成果を上げたのも、サトゥースが日頃からあいつの中隊を鍛え上げていたからだということも知っているつもりだ」
「いや、予定外と言っても……」
「后妃様の護衛任務の範囲内だと言えばそれまでだが、護衛ということを考えれば危険を犯すべきではなかったという指摘があってもおかしくないだろう?」
「まあ、結果として無事でしたし……」
アイシャーの都合で無理矢理戦わされたなどとは口が裂けても言えないだろうしな、サトゥース。
「だいたい、その希望者たちはサトゥースの中隊に入りたいと希望しているんですか?」
「いや、表立ってそう言ってきたのは十名程度なのだが、ほぼすべての者の入隊を希望した理由が例の物語歌だということは、はっきりしている」
「では、はっきり言ってきたその十名を入れて、あとは他の中隊に配分すればいいじゃないですか。私に言えるのはそのぐらいですね」
「いや、自分は他の中隊に入れられた連中が失望しないかと思ってだな……」
「失望って、どういうことです?」
グスマンの説明はこうだ。王都の竜騎兵隊は今やパレード用の騎馬隊に過ぎない。戦いらしい戦いがここ三十年ほど無かったからだ。
三十年前にこの国に侵入したのは、キタイの幽鬼たちであり、歩兵でも騎馬隊でもなかった。だいたいキタイとの間にあるあの砂漠を越えて馬を連れてくるというのは、数頭というならまだしも軍の規模では不可能だ。馬だけでなく歩兵の軍団でも、補給の問題を考えるとありえないだろう。
西方の二つの国家の内、シュバール王国の方は双子都市ウルとウルクが王国内の覇権をめぐって争っており、どちらかの都市が軍をトゥランに向ければその留守をもうひとつの都市に狙われるのではないかという十分な理由のある猜疑心から、軍を動かしての侵入はできないだろうと考えられた。
もうひとつの国家エラムも、暗黒大陸との変則的な交易で得た商品をトゥランに売るという中継ぎ貿易で潤っており、戦争することで得られる利益より現状で得られる利益の方がずっと多いので、トゥランとの間に揉め事を起こしたいという様子は無かった。
トゥランのオゴディ家が戦いによって覇権を握り、領土を拡張していった時代は竜騎兵隊の元になった騎馬軍団が戦力の中心だった。だからこそ千人戸という制度が考えられ、兵馬を維持することが求められた。
だが平和な時代が続くと、千騎の兵馬を供出させるのに代えて税を収めさせ、その税を国の財源にするという政策がとられるようになり、竜騎兵は志願制になった。無論、兵には給与が支払われ、制服や武器が支給され、馬の飼葉代なども予算化されている。だが、竜騎兵には国内の治安維持以上の戦力は求められていない。だから、定数を大幅に割る現状があっても、今まで問題にされることはなかったのだ。
「いやぁ、歴史的な背景の説明はありがたいのですが、だから何だというのです?」
「つまりな、今回の入隊希望者たちはみんな、戦争をしたくて第三大隊に入ろうとしているらしいのだ」
「軍隊なんだから、別におかしくないのでは?」
「だから言ったろう、今の竜騎兵隊はパレード用だと」
「それって……つまり……」
「第三大隊だけでなく、第一や第二に入っても、まともな戦闘訓練などしやしない。それを日頃からやってたのは、多分サトゥースの中隊だけだろう」
グスマン大隊長、あんたそれを言ってしまっていいのか?
すいません、事情があって投稿遅れました。それで、明日から三日間ほど旅に出なければならなくなりました。その間、投稿お休みします。多分、水曜には再開できると思います。




