7.王の夢、王城の罠 ◆7の9◆
ソンブラが帰ってきたのは白宮での会合から一週間後だった。再び白宮の部屋を借りて報告を聞くことになった。
「ダズはすでにペドラにはおりません」
「まさか、逃亡したのか?」
「いえ、巡回裁判所の判事が奴に銀山送りの刑を宣告しまして、デ・プラタに護送されています。某、デ・プラタまで参って確かめてまいりましたが、確かにそこにおりました」
ジェニが茶碗を差し出しながら少し残念そうに聞いた。
「では、空振りですか?」
茶を受け取ったソンブラはジェニの方を見返して答える。
「いえいえ、そもそも何でダズが縛り首か斬首にならなかったのか。いや車裂きでもおかしくはないのに、どうして生かしたまま鉱山に送られたのか。不思議とは思いませぬか?」
「判事が買収されたのかもしれんが……俺は権力の臭いを感じるぞ」
この頃のサトゥースはものの言い方からして偉そうだ。英雄様と周囲から持ち上げられて、本人までその気になっているのじゃあるまいな。
「口をふさぐならそのまま処刑してしまえばいい。生かしておく価値があると考えている誰かがいるわけじゃな」
そう言ってからアイシャーは茶を一口含み、唇を湿らせた後、ソンブラをうながした。
「お前のことだ、それだけということはあるまい。出し惜しみせずに、わかったことをさっさと話すがよい」
「姫様はすべてお見通し、某感服のいたりでございますよ」
「いいからささっと話せ!」
時々ソンブラのまわりくどい言い回しにうさん臭いものを感じる私である。まるで本来の喋り方を隠そうとしているように思えるのだ。
ソンブラの報告によると、ダズは捕らえられたあの晩から裁判の最中もその後も、一切口をきいていないそうだ。それにも関わらず、逃れるすべのない囚人にしてはやけに健康そうに見えた。四六時中監視され、ろくな食べ物もあてがわれていないはずなのに、意気消沈する様子もない。かと言って暴れたり大声を出したりするわけでもなく、最初はこの大罪人をののしったり汚物をぶつけたりしていた人々も、だんだん薄気味悪くなって、終いには怖れを感じて見るようになったという。
銀山への護送中もこれは変わらず、兵士たちも腫れものに触るようなあつかいをしていたようだ。ソンブラがデ・プラタの銀山へ行ってみると、ダズは危険で狭く呼吸もままならないと言われる坑道の中ではなく、そこから運び出された鉱石を選別する比較的負担の少ない作業をあてがわれていた。ダズが相変わらず一言も口をきかないことを考えると、これは何者かがこの男を守っているとしか考えられない。
ソンブラがさらに調べた結果、すべての指示が鉱山の監督官から出されていることがわかった。
「それで某は監督官の背景を探ってみました」
「お前のことだから、さぞかし乱暴な手を使ったのであろうな」
「とんでもございません。きわめて穏便なやり方でして……監督官はまだ生きておりますし、あとに残るような傷もつけてはおりませぬよ」
「まあ、やってしまったものは仕方がない。それで?」
「王都にこの男の妻と子が住んでおるのですが、その妻というのが前にさる王族に仕えておりまして、鉱山でのダズの処遇は、妻を通しての、その王族からの指示によるのだそうです」
「王族って、まさか第一王子……」
そう言ってサトゥースが身を乗り出した。
「ああ、残念ながら違うのです、これが」
「じゃあ、誰なのですか?」
ジェニがソンブラをにらんで聞いた。おおかた、まわりくどい説明にいらだっているのだろう。
「ファルコ・オゴディ・エスペルトという名をご存知でしょうか?」
「俺に聞いてるのか?」と、サトゥース。
「何者だ?」
「陛下の三番目の王子だよ。確かこの春十九歳になったはずだ」
「どんな人物ですか?」
「うーん、軍人にはあまり好かれていないな。王都の三つある竜騎兵千人隊のうち第一の千人隊長が第一王子のギューク・オゴディ・ドレゲウス様、第二の千人隊長が第二王子のレオ・オゴディ・ヴァレンテウス様、ところが第三の千人隊長は貴族だが王族ではないグスマン・デ・アルファラ殿。うちのグスマン殿を悪く言うわけじゃないが、どう見ても釣り合いが取れないだろうさ。順当に考えりゃファルコ王子が第三の隊長のはずだが、どうも馬とも兵隊たちとも相性が良くないようで、グスマン殿にお鉢が回ってきたということだろうな」
「身体が弱くて馬に乗れないのですか?」
「いやー、母君のエスペレス様は神官の家系なんだよ。ファルコ王子もそっちの方に向いているんじゃないか?」
「しかし、第七夫人のエスペレスは神巫ではないはずじゃ。ふーむ」
「何です?」
「多分エスペレスは、生まれた時から後宮に入るために育てられたのじゃろう」
「それは、なんともまあ……」
「王家に近い貴族の家では、ありがちなことじゃ」
まあ、ありがちなことなのかもしれないが、そんな母親に育てられたファルコ王子は、どんな男に成長したのだろう?
「ファルコ王子がダズを操っていた黒幕なのか?」
ソンブラは大げさに首を振って答えた。
「いえいえ、そんなに単純な構図ではないようです。まあ、ファルコ王子ならダズに憑いていたあれを通して盗賊たちを動かすことはできたでしょう。暗黒大陸の妖魔の力がなければ、ダズごときが二百人以上もの頭数を集めることができたはずがありません。ただ、本当にファルコ王子があの妖魔を支配しているのかというと……」
「ソンブラ、お前それに気づいたか! お前は妾が思っていた以上に魔導に詳しいようじゃな」
「はい、某の考えでは、ファルコ王子は妖魔を使役しているつもりでも、実は妖魔を通して何者かに操られている可能性があるのではないかと……」
まったく、魔導などというものがどうしてあるのだろう? 二人の話を聞いていても、わけがわからなかった。
「私にもわかるように説明していただけませんか、姫様」
ジェニにもわからなかったようだ。
「ファルコは最初妖魔を使役しダズを操って盗賊どもを指揮しているつもりだったのじゃろう。自分は安全なところに隠れ、危険は操られる者にだけ負わせる。生半可な心得で魔導を利用しようとする輩が陥りやすい罠じゃ。魔導は双方向に働くことを忘れ、自分だけが優位にあると勘違いしてしまうのよ。多分ファルコは、もはや妖魔と自分をつなぐ絆を切り離すことができなくなっているのじゃ。ダズが傷つけば、妖魔を通してファルコも傷を負う。だからダズを守らざるを得ないのじゃ」
とりあえず魔導が怖いものであることはわかった。私は絶対手を出したくない。
「問題はやはり妖魔の出処ですな」
「知っているのか? ソンブラ」
「いやー、それが皆目……」
「ジェニ、ファルコの身辺を探れ」
アイシャーが命じた。




