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2.夢見る人《フール》       ◆2の3◆

「命というより、お前たちなら魂と呼ぶかもしれぬな。ライトも身体は一つしか持っておらぬ。肉の容れ物を滅すれば、魂がまだ残っていても、お前たちは生きているとは考えないであろう。逆に、肉の体が生きて動いていたとして、魂を抜き取られてしまったら、お前たちはそれを何と呼ぶのであったかな……たしか、生きている死者(リビング・デッド)ではなかったか?」


 サトゥースというのは、本来こんな荒唐無稽こうとうむけいな話を信じ込んでしまうような男なのだろうか。今回従えて来た騎兵は定員には足りていないが、王都で百人隊長の任にあるに違いない。ところがこの男は、少しの疑いも持たず姫君の話を聞いている。

 まあ、欲に駆られてこの一行を危険に晒していることから考えれば、それほど賢い男ではないだろう。それなりの家柄に生まれたせいで今の地位を手に入れ、王都では無難に職務をこなしていたのかもしれない。


 ただ私にも職業上のプライド、それが良心や倫理に基づくものなのか単なる思い上がりに過ぎないのかは定かでないが、そういうものがある。このまま黙ってこの姫君の一行を危険に晒すことにはためらいがあった。


 だが、それを直言しても、サトゥースの今までの言動から素直に受け入れるとは思われない。この危険が単にこの先の未知の、あるいは予測される状況についてだけであれば、奴も姫君の手前、話を聞くふりぐらいはするだろう。しかし私の指摘しなければならないことは、奴の私欲が招いた失態ということになりかねない内容なのだ。


 私が現状の問題点を指摘しても、奴は「そんなことはまだ起こっていない」危険だとして認めないだろう。だが、起こってしまったトラブルに対処するなどというのは、最も下手な手筋だ。事前の予測により危険の可能性を回避するのがプロの仕事だ。


 今思えば、あの五デナリはなんとしても毟り取っておくべきだった。清廉潔白だけがこの世界の最上の生き方ではない。ちょっとした共犯関係を持った方が話を通しやすいということが、ままあるものだ。賄賂や贈物といったものは、人間関係を滑らかにするのに役立つ。それは受け取る立場についても言えることなのだ。


 私の記憶には五日間の空白がある。その間に自分が何を話し、何をしていたのか知らなければ、この状況に立ち向かうことができないという焦りが、私を縛り付けていた。


 欲にかられて……私に渡すたった五デナリを惜しんだ……? 五デナリというのは、私にとってたった一日分の賃金にすぎない。奴が受け取った賄賂は二百デナリ以下ということはない……。


 サトゥースのような男であればしかるべき相手に渡すべきものを渡す意味が理解できないはずがない……奴は単に尻の穴が小さいだけか……欲にかられ、端金をおしんで……?


 欲にかられて……、いや、どうもおかしい。サトゥースとてそれなりの地位にたどり着くまでに、心づけをケチると手痛い目にあうことを学んで来なかったはずがない……。


「何を考え込んでいるのだ、ライト? 話すのじゃ」


「姫君の言われる魂とは何なのかと…」私の舌は心とは別に言葉を紡ぎ出していた。


「おや、そんなことか。魂とは仮面ペルスナであり、その命の見るシンハァなのじゃ。人は目覚める度に古い仮面を失い、新たな世界に生まれ落ちる。だが、魂を失った者は目覚めることができない。その者にとって目覚めるとは即ち消失することなのだからな」


「目覚めるとは消失ヴァニだと言われる……何処へ……?」


「お前は塩湖の水面が風によって泡立ち、その泡が岸辺に吹き寄せられるのを見たことがあるか? あの泡がはじけた後何処へ行くかと問われたら何と答えるのだ。その時、泡は泡であることをやめるのじゃ」


 なるほど、これがサトゥースにかけられたしゅか。五日間奴はこの姫君の蜘蛛の糸に絡められていたわけだ。他人の眼の塵を除けと言う前に己の瞼の内の材木に気づけと言うではないか、サトゥース。それとも私をたぶらかしたのが小娘でお前が姫君だから、お前の方が上等だとでも……。つまるところ同じ穴のむじなではないか。

2013.09.18.一部訂正

2013.10.12. フリガナ訂正「マルディク」→「しゅ」

2014.02.20. 改行部分訂正

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