7.王の夢、王城の罠 ◆7の8◆
「サトゥース、お前、例の落し前はどうつけさせたんだ? 土下座でもさせたのか?」
「しがない郷士の俺に、貴族様が土下座なんてありえんだろう。一軒貸切で、俺の隊全員に飲み放題ってやつで勘弁してやったよ。百人以上だからな、痛い散財だろう」
「百人隊じゃなかったのか?」
「それがお笑い種なんだが、乱波の連中まで一緒になって騒いでいたのさ。知っていたか? あの副官、実戦経験が全くないんだぜ。野盗の討伐や獅子との戦いの話を聞いて最初目を白黒させていたんだが、そのうち酔っ払って泣き出したんだ。自分は本当の戦いに出たことがないってな」
「獅子に殺されたガリエルや他の負傷者の話はしたのか?」
「ああ、だがわかっちゃいないな!」
「血の洗礼を受けるまで、兵士は本物ではない……か?」
「どこぞの物語歌かよ! ガキじゃあるまいし」
兵士がお子様であってよいはずがない。誰にとっても不幸の元だ。
「サトゥース、例の施条マスケットはどう使うことにしたんだ?」
「うーん、狙撃だけではもったいない気がするんで、やはり十丁まとめてライフル小隊を作ってみようと思う」
「威力の方はどうなんだ?」
「訓練を兼ねて狩猟に出かけたんだが、羚羊ぐらいの大きさの獲物が的だと千碼の射程が望める。何よりも当たったときの打撃力が半端じゃない。あの団栗型の弾は球形の弾丸と違い、当たった後大きな穴をぶち開けるからな。人間の身体に当たった時のことを考えるとゾッとするよ」
「そんなにすごいのか?」
「お前の騎兵銃も施条だろう?」
「まあ、そうだが、私の撃つ的はたいてい三十碼以内だからな」
「銃身が短いとは思っていたが……でも、獅子を撃ち殺した時は一発ずつじゃないか」
「新型火薬ではないしな」
「雷管式の金属薬莢だろう?」
「あの薬莢をどう作っているか知っているか? 一個一個銅板から手作りだぞ!」
「そりゃあ手間が掛かってるな。値段もそれなりか……」
「値段もそうだが製造できる個数の問題がある。軍隊で撃ち合えばあっという間に弾切れだろう」
「そう言えば、お前の新型銃はどうなったんだ? 注文はしたのか?」
「いろいろ問題があってお預けさ」
「問題?」
「俺が薬莢を再利用したいって言ったら、雷管の関係で無理だってあの親爺が言うんだ」
「再利用? 元々無理だろう……」
「新型銃の銃弾が、一発いくらすると思ってるんだ!」
「そう言えばライト、お前、弾薬は自前ってアイシャー様に言われたんだっけな」
サトゥースは憐れむような眼で私を見た。どうせお前と違ってこっちは自営業だ……。
「ライト、お前知らないか?」
「いきなり、なんだ?」
「ボスケスで殺された商人がいたろう」
「ああ、アイシャー様の宝鈔を割り引いて銀に両替した男だろう」
「あいつが持ってた宝鈔な、どうなったんだろうな?」
「あれか?」
「ああ」
「あれならアイシャー様が乱波を使って回収させた」
「回収?」
「だってあんなもの、キタイと関わりの無い人間にはどうしようもないだろう」
「そうか……で、今はアイシャー様が持っているのか?」
「いや、王都で銀に替えて商人の遺族に届けさせた」
「え、そうなのか?」
「そういやサトゥース、届けたのはお前の使いってことになってるから、覚えておいたほうがいいかもな」
「何で俺の名前なんだ?」
「だって、後始末や報告は全部お前の名前でやったろ。こんなことにアイシャー様の名前を出すわけにはいかないじゃないか」
「まあ、それはそうだが……」
サトゥースは「全部返さなくともいいじゃないか」とか、つぶやきながらもあきらめたようだ。
まあ、返してやったのは宝鈔の額面ではなく、割り引いた後の銀だけではあるんだが……。商人の遺族にもうけさせてやる必要もないからな。
「サトゥース、何をそんなに考え込んでるんだ?」
「施条してないマスケットの射程って、せいぜい百碼だろ。ただのマスケットを持った歩兵相手だと、十丁の施条マスケットで千碼の距離から九百碼までの間こっちは打ち放題、慣れると三十回は斉射できる。斉射でなければもっと撃てる者もいるだろう。十人で三百人を制圧できる。ただこれが、騎兵の突撃だと三斉射がいいとこだ。もっとも的はでかくなるが……やっぱり、後装式の銃でないと無理かな?」
「お前、そんなことばかり考えてるのか?」
「因果な商売だが、俺の仕事だからな……」
仕事熱心だとほめてほしいのか? それとも「いつかきっといいことあるから」って、なぐさめた方がいいのか?
「サトゥース! あの娘は誰だ!」
「ん?」
「お前の部屋にいた娘だ!」
「あれか、死んだガリエルの妹だよ」
「まだ十八・九じゃないのか?」
「いや二十って言ってたぞ」
「それが何でお前の部屋にいるんだ?」
「例の獅子の皮を売って作った見舞金をかみさんに届けに行ったら、そこにいて、その後ついて来たんだよ。ガリエルの他に身寄りは無いって言うし、かみさんはかみさんで大変だろうし……」
「二十ならもう一人で生きていけるだろう」
「いや、責任を取るならかみさんと子どもの分だけでなく、自分の分もとって欲しいって言われて……その……」
「お前、手を出したな!」
「んー、成り行きで……」
「結婚する気があるのか?」
「いゃー、実は里に許嫁がいる」
「二股じゃないか!」
サトゥースの実家は郷士だというから、宮廷に出仕する貴族ではないにしろ土地持ちではあるのだろう。それなら妻の他に女の一人ぐらい養うことはできるのだろうが、こいつにそれだけの甲斐性があるのだろうか?
「お前、大丈夫か?」
「そこはその、英雄色を好むって言うじゃないか」
「誰が英雄なんだ?」
王都の兵士ばかりでなく一般庶民の間でも、なぜかサトゥースとその竜騎百人隊の人気は高かった。
わずか六十騎で五倍の盗賊を壊滅させたことは竜騎兵の勇猛さを知らしめたとして、他の隊の竜騎兵たちにも誇りを持たせた。やっかみも無いわけではなかったが、実戦をくぐり抜け戦果をあげたという事実の前では、そう長続きはしなかった。
サトゥースの隊に酒場を一晩貸切にして飲ませたおかげで、ギュークの副官は男を上げた。自分の千人隊に属している隊でもないのに太っ腹なことだとからかう者もいたが、「勇者と酒を酌み交わせる名誉には代えがたい」というオレルハの言葉には黙らざるを得なかった。
七頭の獅子を倒し、その皮を売った代金を戦死者の家族や負傷者のために使ったということは、兵士たちの間で美談としてもてはやされた。
下士官たちはビゴデ軍曹たちが活躍した竜騎の突進に胸を踊らせ、野戦部隊を率いる士官は一斉射とその後の銃剣突撃に至るサトゥースの用兵の妙を評価した。
当然のことだが、キタイへ続く街道に出没していた野盗たちを一気に三百人も討伐したことは、街道を利用して商品を運んでいた商人たちに歓迎された。
あの商人の遺族が、奪われた銀をサトゥースが取り返し、届けてくれたことを公にすると、その公明さを誰もが賞賛した。
ついに吟遊詩人がサトゥースとその部下たちの活躍を讃える物語歌を作り、それがあちらこちらで歌われるようになると、さすがのサトゥースも悲鳴を上げた。その物語歌の中には、『赫い洗礼』でサトゥースが兵を鼓舞した、あの演説までが美化され、高々と歌い上げられていたからだ。
「俺、田舎に帰りたい。あの物語歌のサトゥース隊長って誰?」




