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6.虹の根元           ◆6の7◆

 宿場の周辺では地面に転がっている野盗たちの後始末が始まっていた。ただ、宿場から少し離れると、松明の光も届かない闇の中だ。そこからはまだ死にきれない野盗たちの呻き声がかすかに伝わって来た。ハサスと乱波が闇の中を歩き、探し当てた野盗の喉をか切って廻っていた。死体の始末は夜が明けてからになるだろう。


「これがダズって男だ。手下どもがそう呼んでいた」

 ソンブラがかついで来たのは、頭が禿げて目つきの悪い男だった。口には太い木の枝を馬の馬銜はみのようにくわえさせ、紐で縛り付けてある。

「舌でも噛まれちゃまずいと思ったんでね。」

 ソンブラが弁解するように説明した。

「お頭の話と特徴が同じです、禿げてて、目つきが悪く、頭に刺青がある」

 ヴェルデがうなずいた。

言われてみるとその男の禿げ頭には足だけが奇妙に大きい人形ひとがたの、青黒い刺青があった。目をきょときょとさせ、辺りをうかがっている。


「この男には妾より先に誰かがしゅを掛けた。誰かがこの男の夢を取り上げたのじゃ。だからこの男は私の呪術マルディクに捕まらなかった。魂の無いものは夢を見ない」


 アイシャーは人ではなく石くれを見るような眼で男を見下ろした。

「取り上げられたのは夢なのですか、それとも魂なのですか?」

 私が尋ねるとアイシャーは馬鹿な子どもをさとすように私を見て言った。

「その二つは同じものじゃ」

「この男の、夢だか魂だかを取り上げたのが、誰かわかるのですか?」

「今、この男を動かしているものに聞いてみよう」


 アイシャーは後ろ手に縛り上げられた男を部屋の中央の床に置かせ、他の者には壁際に寄るよう指示した。男は上体を起こして座り、相変わらず辺りをうかがっていた。

 あの小さな鐘を取り出したアイシャーがハンマーの形をした撞木でそれを打った。


 チーン、鐘の音が部屋の中を満たし、長く続いた。小さな音なのに、長く続いていつまでも消えなかった。


「お前は誰に作られた? お前は何者だ? お前を使っているのは誰だ?」


 アイシャーが三つのといを投げかけると、そいつは木の枝をくわえたまま唸り声を上げた。

 何かを喋っているようだったが、まるで意味がわからなかった。

 だが、アイシャーはいちいちそれにうなずいていた。すると突然、それはおとなしくなった。


 アイシャーがジェニの差し出した鉢の水で手を洗ったので、私は質問することにした。多分尋問はもう終わったと思ったのだ。


「何かわかりましたか?」


 アイシャーは身動きしなくなった床の男を見もしないで答えた。

「妙なことに、この男に憑いていたのは黒い大陸の魔術によって作られた何かだ。作った者の名は言わなかったが、間違いない。この何かは精霊のような存在だが、作られた精霊などありえぬから、まあ、まがい物のからくりだな。一番おかしいのは、作った者と使役していた者が違う存在だということだ。多分そいつがこのまがい物精霊の創造者から譲り受けたか、奪ったかしたのだろう」

「そんなことはよくあるのですか?」

「あまり聞いたことが無いな」


 私の顔を見て、よくわかっていないと思ったのだろう、アイシャーが説明を付け加えた。

「キタイでは、この手の『憑き物』を使役する者は自分でそれを創りだすのが普通だ。創りだすだけの力や知識を持たないで使役しようとすると、手痛いしっぺ返しをくらうことが多いからな。魔導院の下仕えの導師グルたちの中にも式神や死霊などを使う者がいる。だが、己の手に余るものをあつかうことは許されていないはずだ」

 まだわからぬかという眼でアイシャーに見られて、私はいささか傷ついた。わかっていないのは何も私だけではないはずだ。その証拠に、サトゥースやヴェルデの方を見ると視線を外された。ジェニは……ジェニは理解しているのか?


「それは……この男を操っていたのが、魔導院の手のものではないかもしれぬということですか?」


 やっとわかったかという上から目線で、ソンブラがうなずいた。ソンブラ、お前本当にわかっていたんだろうな! 


「この揉め事に、第三の勢力がからんでくるかもしれぬということですね」

 ジェニが助け舟を出すように言った。


 なるほど、また厄介ごとか!


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