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6.虹の根元           ◆6の6◆

「アイシャー様、賊どもがこの宿場を包囲しております」

 ジェニが報告した。アイシャーの部屋にはサトゥースやソンブラもいて、今後の打ち合わせをしていた。

「毎晩、必ず何かが起こりやすねぇ」

 のんびりした声で感心してみせたヴェルデは、今日は乱波の連絡係だ。

「それが、人数は百をかなり越えて、二百に近いかと」

 ジェニが続けた。

「そんな人数、どこからかき集めたんだろうな」

 ソンブラがいかにも楽しげに笑った。

「まぎれ込ませた者からの報告によると、殺された商人が、馬車で我らが運んでいる財物の価値を、かなり高く見積もってダズに伝えたようです」

「狙いは銀だけじゃないというわけか。欲にかられて集まったにしても、五十人殺されても諦めないというのはなぁ……」

 サトゥースが髭をいじりながら言った。

「昼間の奴らはダズとは別口のようで、ダズがののしっておったそうです、勝手なことをするからだ、と」

「あの動きからすると、弓矢で兵を引きつけ、手薄になったところを別働隊が奇襲して、姫様をかっさらうという計画だったんだろう。姫様を人質にすれば、こちらは手も足も出なくなる、そこで身代金を要求する……だが、俺たちがいては成功の可能性なんて無かったな。考えが浅い」

 サトゥースお前、意外と冷静に評価していたんだな。

「ダズの方はハサスの動きを予想してか、すでに街道以外にも人数を配置しているようです」

 サトゥースが首をひねった。

「暗い中で広く散らばっている。ちと、やりにくいですな」


「そのことじゃが、妾が魔導を用い野盗どもを恐慌きょうこうに陥らせる。その後、乱波とハサスに追い立てさせるから、サトゥース、お前は街道の王都側に兵を配置せよ。お前の隊の一斉射の威力を見せてもらおう」

「それは……いや、はい。二百人ですか……」

 サトゥースが心配しているのは不発弾のことだな。

「百人にもならぬだろう。せいぜい五・六十だな」

「あとはハサスと乱波が?」

「妾が呪術マルディクを掛けるのだ……ジェニ、ヴェルデ、人数が集まっておるところでは野盗どもの同士打ちが始まるゆえ、離れたところから見ているように伝えよ。お前たちは、そこからこぼれてきたものを片付けるのだ」

 いかにも楽しそうに命じるアイシャーに二人はうなずいた。

「ソンブラ、お前の仕事はダズを捕えることだ。とりあえずは、生きたまま、喋れる状態でな」

「何を聞き出しましょうか?」

「いや、妾が自分で尋ねよう。お前に任せるとすぐ『首シュパン』だそうだからな」

 ソンブラがヴェルデを横目でにらんだ。

「では私は?」

「ライト、お前は妾の護衛じゃ。姫の身を守るのはお前の役割であろう」


 私とアイシャーだけがその部屋に残った。アイシャーは脚のついた金杯ゴブレットを両手で持ち、中身を飲み干すとランプを消した。灯心から細く白い煙がたち昇る。


 アイシャーは部屋の中央に立ち、左手に持った小さな鐘を右手の撞木しゅもくで打った。チーンという鐘の小さな音が長く続き、いつまでも耳から消えなかった。


 その時私はアイシャーの見ている夢を視た。どこまでも広がっている闇の向こうから、何か恐ろしい『もの』がやって来るのを感じた。アイシャーが呼び出したそれに名前をつければ『百鬼夜行』、夢の中で出会うおそろしい『もの』の総称だった。


「夢の中じゃと? 人はいつでも夢を見ているゆえ、常にこの『もの』に出会うことを覚悟しなければならないのじゃ。もし覚悟が無ければ……」


 私は突然部屋を飛び出したその『もの』あるいは『ものたち』の後について、月明かりの照らし出す夜の荒野を疾走していた。サトゥースの兵やハサスや乱波たちは、背後を通り過ぎた私たちにまったく気づかなかった。やがて私たちは野盗たちのところまでやって来た。


 野盗たちは私たちの姿を眼にするなり、一様にぎょっとした表情を浮かべた。


「この者たちが今まで踏みつけにしてきた者たちの怨みが、我らの姿を何倍も恐ろしく見せているのじゃ」


 どうやらアイシャーはこの『ものたち』と一体になってしまっているようだった。

 野盗たちは逃げ出そうとしたが、いつの間にか回り込まれてしまい、その場で立ちすくんでいた。そのうちやっと何人かが武器を持ち直し、この怪異に立ち向かおうと振り回した。するとその刃は仲間を傷つけ、その結果彼らはお互いがお互いから身を守ろうとして、血まみれになりながら必死の形相ぎょうそうで走り回り、打ち合うことになった。傷の痛みより恐怖の方が優っていたのだろう、どれだけ重傷を負っても彼らは同士打ちをやめなかった。悲鳴とも、怨嗟えんさの声ともつかぬものが、あたり一面を満たしていた。


 彼らがいくら必死になって武器を振るっても、この『ものたち』とアイシャーを傷つけることはできなかった。たまたまその混乱の中から抜け出した者がいても、すぐさまハサスか乱波に始末された。抜け出したとは言っても、彼らの眼はあの魑魅魍魎ちみもうりょうしか見ていなかったので、手向かいもできずに屠殺とさつされていったのだ。


 まだ生き残っていた四・五十名の盗賊が、乱波たちに追い立てられ街道に出ていった。彼らの眼は、あたりで唯一光を放っている宿場のかがり火を救いと見た。バラバラとそちらに向かって駆け出した時、号令が聞こえた。


「全員構え。撃て!」ガガーン。

 弾丸が野盗たちの先頭を走っていた十人余りを打ち倒した。


「再装填!」

 後続の足が止まったと見てサトゥースが命令した。その後ろでは投槍を持った三十名が待機していた。


「よいか。全員構え。撃て!」ガガーン。

 不発は思ったより少なかった。また十数名の野盗が倒れた。


「後列、前へ!」

 投槍を前に構えた後列が進みだした。


「前列、銃を置け。抜刀! 続いて前へ、突撃!」

 ワーッという喊声かんせいを上げながら、兵士たちは野盗の生き残りに襲いかかった。

 この夜の、血まみれの殺戮の幕切れ(フナーレ)が始まった。



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