6.虹の根元 ◆6の3◆
「ライトさん、あまり良くない話だ」
ボスコスを出立して二刻ほどした頃、ヴェルデが側に寄ってきた。
「前の宿場で出会った商人が襲われたらしい」
「街道でか?」
「それが、宿の部屋に押し入られたんだ。逃げた盗人の手配に早馬が出された。さっき隊長のところで話し込んでから、先へ行ったろ」
そう言えば今さっき、その馬が駆け抜けて行ったのを見た。
「まずいと言うのは?」
「刺された商人が、死ぬ前に言い残したんだ。アイシャー様の宝鈔と自分の銀を交換したこと、その盗人に喋ったって。盗人が腹を立てて、そいつを刺したんだそうだ」
「あー、銀があると思ったのに、紙切れしか無かったんじゃな!」
「それで、お頭の考えている奴がその盗賊なら、まだあきらめてないかもしれない。それをライトさんに言ってこいって、お頭が言うんだ」
「まさか! 六十人の竜騎兵に護衛されているんだぞ。いったいその相手ってのは、どれだけの数いるんだ?」
「数だけかき集めれば百人近くなるんじゃないかってさ。下手に数が多いだけ身の程知らずになっていて、厄介だって」
正直私は半信半疑だった。普通商隊の護衛は十人程度がいいところで、それなら野盗が数にまかせて圧倒することもある。ただ、当然野盗の側にも被害が出るわけで、それを避けるため交渉で『通行料』を取って戦いに持ち込まない場合の方が多いのだ。
正規の部隊に正面から勝負を挑んで利益が見込めると考えるような奴は、野盗の頭目としても長続きするはずがない。だとすると……。
「そうだな……遊撃戦でちまちまと嫌がらせをしてくるか……?」
次のセルバの宿場まで十一里、途中で手間取らなくとも、明るいうちには着けまい。
さらにその次の宿場までついて来られたら、そう考えると厄介だな、本当に。
特にセルバの宿場は、宿を営む大きな建物が一つあるだけで、あとは納屋や厩舎だけであり、周囲には何もない。寂しい荒野の真ん中にある、人口も三十名ほどの、街道の中継地という以外の役割はない場所だった。
セルバに宿泊した場合、そこを囲まれ襲撃される可能性もあった。
「包囲して交渉に持ち込み、金を搾り取ろうというのかもな……」
「そいつらを率いているのはダズって奴で、一度食らいついたら離れない、蛭みたいな奴だってさ」
「ラムバニの知り合いか? それとも乱波とつながりがあるのか?」
「一昔前、仲間に入れて欲しいと持ちかけてきたんだってさ。でもすぐに性根を見破られて逃げ出した。元々掟なんて守れるような奴じゃないのに……っと、これはお頭の受け売りで、俺は直接知らないんだけどね。それで、最近このあたりに舞い戻ってきて、手下を集めていると噂で聞いたそうだよ。ただ、悪知恵だけは働く奴だから、注意してくれってさ」
「せいぜい気を付けよう、ラムバニにそう言っていたと伝えてくれ」
うなずいて走り去るヴェルデの後ろ姿を見ながら、どうしたものかと私は思案した。多分、この手の仕事はハサスの得意だろうが、汚れ仕事をジェニにたのむことに迷いを覚えたのだ。
ずるい考えだが、私はアイシャーに相談することにした。
アイシャーは当然のことのように早馬の情報を知っており、自分が狙われているというのに面白がっていた。
「まあ仮に、相手が明るいうちに正面から突っ込んでくるような芸のない者たちなら、サトゥースが片付けてくれような」
「正気ならそんなことはしないと思いますが」
「それで、ちまちまと嫌がらせをしてくる場合は乱波とハサスか」
「相手は乱波のことに気づいているかもしれません」
「妾とのつながりまでか?」
「そこまでは知らぬでしょうが、ダズという者は一時期乱波に関わりを持とうとしたそうです」
「なるほど、乱波の手口を知っておるというのか? 笑止じゃな、ライト。乱波の旗印は三重の円じゃ。それは内側に入らねば真の姿が分からぬようになっていることを示しておるのじゃぞ。そ奴の勘違いを、逆手に取るべきだな。知っているつもりなら、逃げられぬところまで引き込んで、それから驚かせてやるのも面白かろう」
「それで、暗くなってから手出しをしてきた場合ですが……」
「ハサスに任せてもよいが……いや、その者たちに魔道士に喧嘩を売ると、どんな恐ろしい目に遭うか味あわせてやるのも座興じゃ」
「よいのですか? そんな、やんちゃを……して」
「ん、妾は退屈なのじゃ。まあ最後の後始末はソンブラにやらせよう」
「王都に知られて痛くない腹を探られるようなことには……?」
「なに、これもサトゥースの部隊の手柄にしてしまえばよい。武勇伝がまた一つ増えれば、士気も上がるだろう」
盗賊たちには同情の余地などない。しかしサトゥースの部下たちは、表向きは別としてアイシャーに都合よく利用され、好い面の皮だ。
とは言え、確かなのはボスコスの宿で商人が殺されたというだけで、本当に盗賊たちが襲ってくるかどうかもわからないのだった。その危険性がどの程度なのかを探るのは、私の役目だった。
本隊を離れて少し馬を走らせると、怪しい影が時々見えた。物見というより、落ち着かない奴らが勝手に様子をうかがっているようだった。さすがに本隊からはっきり見える距離までは近づいて来ない。意気地が無いだけか、それとも近寄るなと言われているのか?
遠目に見れば、アイシャーや随員たちの馬車は豪華な獲物に見えるだろう。乗馬した兵士たちに守られていることは、逆に考えれば守るだけの価値のある証拠にも思える。その頭目という男に煽られれば、盗賊たちも一か八かの賭けに出るかもしれない。
草原を縦断する街道は、やがて茂みの深いあたりにさしかかった。多分しばらくの間、羊の群れがここを通っていないのだろう。
ガサガサッと草をかき分ける音がして、ソンブラが現れた。片手に嫌なものをぶら下げている。髭面の男の首だ。その後からヴェルデも出てきた。二人とも歩きだ。私は馬を下りた。
「こいつにちょっと聞いてみたんだが……」
ソンブラが男の首を私の方に突き出して言った。
「ちょっと、だと?」
「んー、あんまり手間をかけなかったからな」
「ライトさん、ひどいですよこの人! 一人で歩いていた男を茂みに引きずり込んで、二言三言話を聞いたかと思うと、首シュパンですよ、首シュパン! 止める暇もありゃしない」
「ヴェルデ、お前も命知らずだな! 無理しなくていいんだぞ」
「お前、某を止められると思っているのか?」
ソンブラが興味深そうにヴェルデを見た。
「いや、言うだけは言っとかないとね。俺にだって面子というもんがありまさぁね。それに、あんたが腹立てたって、逃げればいいんだから」
「逃げ切れるかな?」
結局最後は逃げるにしろ、ヴェルデの胆は大したものだ。特に『首シュパン』の後でこれを言えること自体。
「それで、何を聞いたんだ?」
ソンブラに話をうながした。
「おお、そうだった。やはり野盗の首領はダズという男らしい。朝方のうちに下知が飛んで、この近辺にいる悪の有象無象が総ざらいで集められているのだそうだ。この首の男は、その知らせを運んで廻った帰りだと言っていた」
「こんなことをして、相手にこちらの出方を悟られるとは思わなかったのか?」
「だからわざわざ一人でいる奴を探して捕まえたのだ。何、腹痛でも起こしてどこかの茂みにしゃがみこんでいると思うだろうさ」
「首が無くなって腹痛ねぇ」
ヴェルデが呆れたように言った。
2013.10.23. 訂正「本体」→「本隊」、その他若干の言い回しを訂正しました。




