2.夢見る人《フール》 ◆2の1◆
ジュガダイの邸での夕食から五日の後、姫君と側仕えの者達、サトゥース隊長率いる六十人ほどの騎兵と、荷駄隊の三十人余り。そして私の合計百十余名の一行が町を出た。
気がつくと私はキャラバンの先頭で馬に跨り、オアシスの街外れを出るところだった。旅装はすっかり整えられ、馬の鞍には私の銃があった。私の隣で護衛隊長のサトゥースがしきりに後ろの隊列を気にしている。
姫君とその随員の乗る馬車の前後に護衛の兵士たち。その後ろに荷運びの馬車。さらにその後に、このキャラバンに同行することで護衛を雇う費用を節約しようという魂胆なのだろう、小商いをする商人たちの荷馬車が続いていた。
「あの、後ろについてくる連中から賄賂を貰っているだろう」
サトゥースに馬を寄せて尋ねると、奴は視線を外して答えた。
「ついてこれねば捨てていくと言ってある。邪魔にはならん」
「相場どおり出させたんだろうな。私の分け前は五デナリでいいぞ」
「何を言うか、五日間も腑抜けていたくせに。俺とジュガダイで手筈も何もかも片づけたのだ。お前の取り分などあるものか」
「五日間だと!……」
「どうした。黒蓮の夢はそんなによかったか? 昼と夜が何度過ぎたか覚束ないほど。……名高き冒険者とは聞いてあきれるわ……」
口髭を左手の親指で擦りながら奴はそう吐き捨て、馬頭を翻して隊列の後方に早駆けさせて去った。
五日間の記憶が私には残っていなかった。ジュガダイの邸で接待を受けていたことは憶えている。
あの時、姫君に何を言われたのだ……。
「お前のためにここからキタイに引き返すつもりなどないぞ。お前がいずれかの筋に繋がっていようと、生身の男には違いあるまい。妾に無礼を働こうとしたという理由を付ければ、エディにお前の首を刎ねさせることなど簡単じゃ。路々気を付けるがよい」
姫君の微笑みは臈長けたものだったが、私の背筋の冷たく嫌な気配は増すばかりだった。この場は逃れることができたようだが、いつ何時首と胴体が離れ離れになるかもしれぬような旅はまっぴらだ。
今夜のうちにここを離れるとしよう。そう考えた……。
だが、私はまだこの姫君を甘く見ていた。
「おやライト殿、逃げることなどできぬよ。ジェニ!」
呼ばれて、後ろに控えていた少女が私の前に進み出てきた。姫君よりはずんと優しげな微笑みを浮かべて。
少女は右の掌を軽く握ると、できた拳の親指側を己の口にあてがい、小指の側を私の方に向けた。そして握った拳の中にふぅっと息を吹き込んだ。
間抜けにも少女の黒い瞳に見とれていた私の顔に、細かな煙のようなものが吹きかけられ、私は思わずそれを吸い込んでしまった。
2014.02.19. 改行部分訂正。