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4.朝と昼と晩と          ◆4の8◆

 私たち三人がそこに立ち尽くしていると、やがて目覚めた兵士や村人たちが集まってきた。火は完全に建物全体にまわって消火の余地も無かったが、人々は燃える炎の光に呼び寄せられるようにやって来たのだった。

その中にはサトゥースに護衛されたアイシャーの姿もあった。


「モルは?」

 色濃く疲労を残した顔でアイシャーが尋ねた。

「あの中に」

ジェニが燃え上がる納屋を示して答えた。

「モルがったのは確かか?」

「はい、ハサスの声が戻りましたから」

「そうか」

 アイシャーの表情に少し生気が返ってきた。

 その時、最後に残っていた壁柱が音を立てて崩れ落ちた。

 アイシャーが振り返ると川の方から、あのビゴテ軍曹が近寄ってくるのが見えた。アイシャーの目配せにうなずいたサトゥースが黙ってそちらに歩き出した。


「それで」と、アイシャーが視線を戻して尋ねた。「お前は何者だ?」

 そこにその男がいた事に、私はそれまで気付けなかった。薄碧い頭帯ターバンを頭に巻き、白っぽいチェニックとズボンを着た優男やさおとこだった。


「ライト! 気をつけよ! その男、幽鬼ラクシャだぞ」

「ひぇー、あわわ」

 アイシャーの警告にヴェルデが跳び退いた。ジェニは弓を右手に持ち替え、その片端を男に突き付けた。

 まずい、弾丸たまがもう無い。銃剣スパイクも部屋に置いてきてしまった。もっとも、この男が本当に幽鬼ラクシャなら、私が銃剣スパイクを持っても、螳螂とうろうおのというやつだ。


「アイシャー様、この男、まことに幽鬼ラクシャなのですか?」

 ジェニが疑問を持つのも当然だ。この男からは、殺気が感じられない。


 男が突き付けられた弓の端から一歩下がって言った。

「ご心配なく。真の魔道士に手向かいする幽鬼ラクシャなどおりませんよ」

「まあ、当たり前の幽鬼ラクシャならな」

 アイシャーが右手の人差し指を頬に当て、考え込むように言った。

「当たり前ではないと?」

 ジェニがさらに一歩前に出た。


「モルの馬車にまやかしの術をかけたのはお前であろう」

「ご明察! どうしてお分かりになりました?」

「魔導の臭いを漏らす幽鬼ラクシャなど、そうはおらぬだろう」

「そのせいで仲間からは軽んじられております」

「当然じゃ。魔導と幽鬼ラクシャの技は両立するものでは無いからな」

「まあモル様にはお目をかけて頂いておりましたが」

「何故かな? そんな半端者を理由なく重用ちょうようする魔道士はおらぬ」

「魔導に関心を持つ幽鬼ラクシャに興味を持たれたのでしょう」

「それで、モルの仇を討とうとでも言うのか?」

「まさか! それこそ幽鬼ラクシャの考えることではありませぬ」

「ではなぜ、のこのこと現れたのだ?」

「そのことですが、それがしやとってはもらえないでしょうか?」


 いつの間にかジェニの後ろに現れたエディが、ジェニに薙刀なぎなたを手渡した。エディ自身は長さ四尺ほどの柳葉刀を両手に一本ずつたずさえている。ヴェルデまでが頭からあの金輪を外し、いつでも投擲とうてきできる構えを見せていた。こういう時、弾丸の無い銃はこん棒程度にしか使えない。みじめだ。誰か私にまともな得物を貸してくれ。


「理由を聞いても良いか?」

 やけに愛想よくアイシャーが尋ねた。

「行き場が無くなりました」

「なるほど。モルを守りきれず仲間を二人まで失いながらお前一人無傷で帰れば、魔導院はお前に詰め腹を切らせるか?」

幽鬼ラクシャも沢山はいません。無駄に死なせるようなことはせぬでしょうが、居心地は悪くなるでしょうな」

「なるほど」

 アイシャーは納得したようだが、私には理解できなかった。


「この男が何故今までのかたきのところに転がり込もうとするか、教えてくださいますか」

 私の問いにアイシャーは、どうしたものかという顔をした。それから意を決したように微笑むと、おもむろに話し始めた。

「魔導にせよ幽鬼ラクシャにせよ、もとは人であったものが人外の力を得るにあたって、あがなわなければならぬ代償がある。その一つが食べ物じゃ。魔導であれば種々の仙薬ツォーマが欠かせぬし、幽鬼ラクシャ太歳ターツァというものを口に入れねば動きが鈍くなり、やがて死に至る。だが仙薬ツォーマにしろ太歳ターツァにしろ、簡単に手に入れることのできるものではないからな」

「すると」と、私は続けて問うた。「アイシャー様もその仙薬ツォーマを必要とするのですか?」

「ああ、妾が宿でっていた飲み物がそれだ。あれなしで魔導にふけると、やがて正気を失うことになる」

 魔導というのは随分と悲惨な一面を隠しているようだ。アイシャーが話題にするのをためらうのも無理はない。同じことをジェニも感じたのか、話を替えようとした。

「でもアイシャー様、それとこの幽鬼ラクシャが必要とする太歳ターツァとかいうものと、関わりがあるのですか?」

「なに他でもない、お前たちハサスが祭祀さいしの時口にするほうがそれだよ。もっともこ奴が必要とする量は、お前たちの何十倍にもなるが……」


敦煌とんこうからの商路を押さえているのは黒蓮と聞きます」

 胸に一物あり気に優男の幽鬼ラクシャがささやくと、アイシャーは鼻で笑った。

「ハッ、月氏げっしが滅んでから二千年も経つのだぞ。何を寝ぼけたことを言っておるのじゃ」

「では、どこから?」

 優男は手強そうなアイシャーからジェニに視線を移した。

「ハサスは知らぬよ。祭祀さいしの折に黒蓮から受け取っていただけじゃ」

 アイシャーは楽しげに笑った。

「よかろう。お前を雇おう。太歳ターツァが望みなら、それで支払ってやろう。だが、裏切らぬ方がいいぞ。雇われるということは籠の鳥になることじゃ」

それがしが逃げ出すのを止められるとおっしゃる」

「ああ、できるとも。ライトがおる。この男はお前より強いぞ」


 アイシャーの最後の一言で優男の視線がこちらに向いた。眼が見開かれた。それは昔、間近で見た虎の眼と同じように、私を値踏みした。

「それは……楽しみですな」

 ああ、やはりこいつは幽鬼ラクシャだ。


2013.10.10. ソンブラの一人称を「私」から「それがし」に変更。

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