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4.朝と昼と晩と          ◆4の4◆

 太陽が中天にかかるまであと少しであった。相変わらず空は晴れ渡り、風は穏やかだった。日差しは暑いくらいで、私はジェニの差し出す水筒から何度も水を口にした。水は少しだけ加えられた岩塩の味がした。野外をこの天候で騎行する時、真水は必ずしも最善ではない。狩猟民族の中には、こういう時水を飲まず、小動物を捕らえてその血をすする者もいる。


 再び隊列に先行し、しばらく進んだ頃、後ろから馬で追って来る者があった。あきらかに騎乗に不慣れなのが遠目にも分かる。馬と乗り手との意思疎通が上手くいかず、時々斜行したり足並みが乱れたりする。


「おーい、待ってくれぇ」

 それはヴェルデというあの乱破者だった。


「どうした? 何かあったのか?」

 少し行き過ぎてから大回りして戻って来たヴェルデに尋ねると、奴は肩で息をしながら答えた。

「俺も一緒に連れてってくれ」


「どういう意味だ?」

「いや、かしらはあのとおりでしばらく動けねえ。アルトはかしらの世話をしなきゃならんていう。ってえわけで、俺はすることが無くなっちまったんだよ。聞いたらあんたらがまた偵察に出かけたって言うじゃないか。それで追いかけて来たんだよ」


 なんだこいつは、子どもか? 言ってることが意味不明なんだが。


「そのような身勝手が通じるとでも思っているのか?」

 当然ジェニはそうくるよな。


「いやその、こう見えても俺は役に立つぜ」

 蛙の顔に小便か……。着ている長衣ガラベーヤもちょうど緑色だ。


「だいたいお前は、ろくに馬に乗れないのだろう! その馬はどうした?」

 ジェニが問い詰める。


「んー、アルトが、あんたたちは馬で出かけたから、歩きじゃ追いつけないし、一緒に行動もできないって言うから、ちょっと借りて来たんだ」

 おいおい、そう言われた時点であきらめろよ。


「借りて来ただと?」ジロッとジェニがにらむ。「誰の馬だ?」


「ちょーっと、名前を忘れたけど、返す時になったらわかると思う」


「盗んだのか!」


「いや、返すつもりだから……」

 ヴェルデの目がきょどっていた。


「馬泥棒は縛り首だぞ!」恐いぞジェニ。


「あー、それじゃあ俺、このまま帰ったら縛り首になるんですね。なんとしても連れてってもらわなくっちゃ」

 なんと、開き直ったかヴェルデ。


「はー」ため息が出たが、引導を渡すしかない。「それはできないな」


「え、えっ、何で?」

 黙っていた私がそう言うと、とたんにまたあわて出してヴェルデが聞いた。


「第一に、このままお前を連れて行けば、我々も馬泥棒の仲間になってしまう。第二に、馬をまともに扱えないお前では、我々の足手まといだ。何が起こるか分からない偵察行で、お前の面倒など見ている暇は無い。だから今のうちに馬を連れて戻れ。手遅れにならんうちに持ち主に返して、ちゃんと謝れ」


「よいのですか?」とジェニ。甘過ぎると言いたいのだろう。


「我々は任務がある。こいつのために無駄な手間をかけている暇はない。こいつも乱破の仲間がいる以上、馬を連れてどこかへいなくなることも無いだろう」


 ジェニは黙ってうなずいた。納得はしていないかもしれないが、私の判断に従うということだろう。


「じゃあ、馬を返して戻ってきたら、一緒に行っていいんだよな」

 ヴェルデは急に元気になった。


「我々に追いつけたらな。言っておくが、お前を待ったりはしないぞ。それに馬の持ち主に謝罪も必要だ。馬泥棒を一緒に連れて歩くわけにはいかない。許すと相手が言うまで、戻って来るな」


「分かった」

 そう言うとヴェルデは馬の手綱を取り、本隊の方に走り出して行った。


「よろしいのですか?」

 ヴェルデと馬の後姿を見送りながらジェニが聞いた。


「これで馬も無事に持ち主に返るだろう。それに」と、馬の鼻面を街道の先の方に向け直しながら、「追いつけると思うのか、我々に? あいつにも待たないと言ってある」


「なるほど。では先へ進みましょう」



 太陽が中天に達しようという頃になって、街道を横切る羊の群れに出会った。獅子が現れたことがここまで伝わっていないのか、羊飼いたちは杖を振り回し、牧羊犬の助けを借りて群れを新たな草地に移動させていた。

 一人だけ騾馬ラバに乗って群れの後ろについて来た老人に尋ねると、噂は聞いているが、離れた場所なので心配していないということだった。あの水場から馬で三刻以上かかるこのあたりまで来れば、そんなものかもしれない。


「どうやら、前方に手の者を伏せて我々を足止めしようというモルのくわだては、朝方の失敗で挫折したようだな」


「はい、あのような無理押しをせず、散発的に嫌がらせをするだけで、本隊の足はずいぶん遅れましたものを。何を考えているのでしょう」


「気を抜くことはできないが、このまま次の宿場まで行けるかな?」


 次の水場は少し大きく、山から下って草原を横切っている川のそばにある、三十戸ほどの集落だった。川と言っても、幅三・四尺の小川のようなものだが、一部人の手が入っている。大部分が深い溝のようになって続いているため、流れは急だった。それが集落の下流側で浅く幅広くなり、羊が群れで水を飲めるようになっていた。

 また近くには、何かの時に家畜の群れを追い込める大きな石囲いがいくつか作られている。集落の外れの家畜小屋には何頭かの替え馬さえおいてあり、草原の旅の宿場としての役割もはたしていた。


「モルが自身で仕掛けてくるとしたら、陽が落ちてからです」


「まあ、モルの手出しが無くとも、旅の途中に厄介事はつきものだ」


 ジェニと私は先行しているので宿場まで馬であと一刻、本隊には荷馬車もあり我々ほど身軽ではないのでさらに二刻の遅れを見なければならない。だとすると宿場に本隊が到着するのは、陽が落ちる前後になる。ただ宿場では野営とは違って諸々の作業が必要無い。我々が予告しておけば、本隊が到着するまでには受け入れの準備ができているだろう。薪を集めて火の用意をする手間がないだけで大違いだ。屋根が無くとも馬たちを入れておける囲いもあり、人の方は全員とまではいかないが屋根の下に入れる。


 まず、温かくて少しは実のあるものが晩飯に食べられるよう、たのんでみよう。


「ライト様」色々な算段を考えていると、ジェニが後ろを振り返って私の袖を引いた。

「あれは……」

「まさか……羊の群れで少し足止めされたが、それにしても、考えられん……」


 すごい勢いで駈けて来るのは、あの暗緑色の長衣ガラベーヤをひるがえしたヴェルデの姿だった。


次回、モル様登場です(多分)。ご期待下さい。

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