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4.朝と昼と晩と            ◆4の2◆

「驚れぇたな。俺たちゃ幽鬼ラクシャっちまったぜ、それも無傷で」

暗緑色の長衣ガラベーヤの男が呆れたように言った。

「無傷というわけにはいかなかったようだぜ、ヴェルデ。おかしら、立てますかい?」

のっぽがラムバニの側にしゃがみこんで尋ねた。

「腰が抜けただけかと思ったが、実は脚の感覚がぜんぜん無い。アルト、立ってみたいから手助けしてくれ」

 のっぽがラムバニを抱き起こそうとするのを、あわててとめた。


「やめとけ! 今は動かさんほうが良い。背中を痛めたのなら、無理に動かすと一生立てなくなるぞ。動かすなら戸板にでものせるのだな」


「おかしらみたいになったのを、見たことがあるんで?」のっぽが聞いた。


「ああ、闘牛トロスで牡牛の角にはね飛ばされた奴をな。闘牛場の外科医が、こんなときに動かすと一生動けなくなると言った」

 ……これは、誰の記憶だ?


「そいつは、どうなったんですかい?」と、ヴェルデと呼ばれた男が尋ねる。


「三ヶ月おとなしく寝ていたら、歩けるようになった」


「三ヶ月だと! 俺も年貢の納め時だぁな」ラムバニがうめく。


「そいつのおふくろが付きっ切りで看病した。下の世話もな。あいつは終生おふくろさんにあたまが上がらないな」 ……誰の記憶だ?


「おかしらにゃあ、おふくろさんがいますかい?」とヴェルデ。


「美人のかみさんが代わりにいるじゃないか。あ、でもかしら、腰から下が動かなくなったら、かみさん浮気しますぜ」

 のっぽまでが調子にのってしゃべり出す。


「お前ら、何てことを言うんだ! アーニャはそんな女じゃない」


 ジェニが灰毛を捕まえて戻ってきた。それを見て私は指笛を吹き、自分の馬を呼んだ。


 戻ってきた馬をめ、でてやりながら死骸を顎で示し、ジェニに聞いた。

「こいつは幽鬼ラクシャに間違いないのか?」


「この男を見たことはありませんが、幽鬼ラクシャだと思います」


「おい、こんな化け物みたいな奴が他にいるってか!」

 ヴェルデが色をなして私に詰め寄った。せっかくの手柄を台無しにするなと言いたいのだろう。


 ジェニは気にもせずに死骸を改めた。

「まあ、幽鬼ラクシャと呼ばれる者たちは、魔導院に十数名飼われているということです。殺してもなかなか死んでくれない先ほどの頑丈さから思うに、この男もその内の一人でしょう」


「こんな奴がまだ、十人以上もいるのかよぉ」とたんに意気消沈するヴェルデ。


「モルに付いて来ているのはあと一人、あるいは二人。そちらの方がこいつより強い可能性はありますが、魔導院のお目付けという役割もあるはずですので、モルが無理をしようとしたら制止するでしょう」と、ジェニ。


「そいつはモルをとめられるのか?」

その幽鬼ラクシャの方が強いということなのだろうか?


「無理です」ジェニは即答した。「ただ、幽鬼ラクシャたちは魔導院に属しているのであって、モルの配下というわけではありません。幽鬼ラクシャをすべて殺してしまえば、モルは長老に弁明しなければならなくなります」


「モルは、そんなに簡単にあの幽鬼ラクシャを殺せるのか?」

 少し風雨にさらされたり、日光に当たったぐらいではかなくなってしまうというのに、幽鬼ラクシャより強いというのが、納得できなかった。


「ところでライト殿、その銃の先に付いている金串のような物を、いつも持ち歩いているのですか?」じっとしているのに退屈したのか、ラムバニが突然聞いた。立ち直りの早い奴だ。


「ああ、銃というやつは白兵戦にはむかないところがある。銃のホルダーの中にこの銃剣スパイクさやも仕込んであるのさ」

  私はそう言って銃剣スパイクをねじって銃身の先から外してみせ、血を拭ってからホルダーに納めた。


「なんだか、その、邪魔じゃあないですかい?」ヴェルデが私の顔を見て尋ねた。


「馬鹿言うなよ。俺はもっとでっかい肉切り包丁みたいなやつを、歩兵がマスケットの先に付けているのを見たことがあるぜ」のっぽが口をはさんだ。


「いや、その、俺の聞きたいのは、どうしてそんな厄介そうなものを付けてから、幽鬼ラクシャの奴を撃ったのかって、ことで……」


「いやそれは、私も聞きたいと思いました」

ラムバニが身を乗り出そうとしたが、上体を支えきれず倒れそうになった。あわててのっぽが手を差し出した。


「それはだな……、普通に銃を撃つ距離からでは奴に当たらないような気がしたからだ」


「どういう意味です」のっぽがしかめっ面で聞き返した。


「あいつはジェニの矢も避けてみせた。普通に銃で撃っても多分射線をかわすだろうと思った。あいつに弾を当てるには、それこそ銃口を押し付けるようにして撃つしかない。だが、ただ銃を振り回すだけではあいつに銃身をはじき飛ばされて終わりだ。銃剣スパイクを付ければ、短い槍のようなもんだからな、あいつもそう思って受けると思った」


「え、えっ、つまり……?」ヴェルデが合点がてんの行かぬ顔をした。


「あいつには矢玉だけでなく刀剣や槍も普通はきかないのだろう。効果のありそうなのは腕力にまかせた打撃だが、奴は速さも剛力も備えている」

 のっぽとヴェルデは頭目が弾き飛ばされたことを思い出したのか、納得顔になった。


「正直、一撃目しか勝機は無いと思っていた。だが、抜け目のない奴は身体に鎖を巻いて銃弾を防いだ。せいぜい強く殴られたぐらいにしかこたえてなかっただろう。二撃目を入れられたのは、ヴェルデの金輪と頭目の体当たりのおかげだ。アルトが鞭で牽制してくれたことで、二発目の弾を銃に装填することができたしな」

 そう言われてのっぽが、照れくさそうに笑った。


 ジェニが黙って聞いているのに気付き、ラムバニがあわてて応えた。

「いやいや、ライト殿でなければあ奴を倒せたとは思いません。多少なりとも助太刀できたと言って下されば、嬉しゅうございます」


 それで良いというふうにジェニが微笑んだ。


 そうこうしている間に、後から出発した本隊が街道沿いに近づいてくるのが見えてきた。頭目を運ぶ手はずを頼んでくると言って、ヴェルデが駈け出して行った。


2013.10.04. 02:35 <修正 > あたまかしらを区別するため、ふり仮名を付けました。

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