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15.不死者の貌          ◆15の14◆

 地下宮の中は少し息苦しくなっていた。

魔導院という名から私が予想したのは魔窟のような穴蔵、あるいは厳格な顔付きの男たちが行き来する壮大な伽藍がらんのような場所だった。

 だがここは瀟洒な田舎家の地下にある、少し大きめの地下室以上のものではない。目の前の大きな水槽は、何世紀もの間生き続けてきた長老の命を支えるための装置なのだろう。

 シュビッラという婦人が車椅子で運ばれているのも、見かけとは異なり老齢であるというなら不自然ではない。

 ここが本当に大キタイ帝国を陰で支えているというあの魔導院なのだろうか?

「王よ、何をお考えか?」

 長老の声が尋ねる。

「お前たちの正体についてだ」

「なるほど。我らが本当に『あの』魔導院なのか、そう言いたいのか。帝権を陰から支え、反乱の芽を摘み、宝鈔ほうしょうを偽造する者には暗殺者を送る。とてもそんなことをしているようには見えない。そういうことか?」

「ああ」

「その通りのことを我らはやってきた。必要にかられてな」


 私はダズに向かって尋ねた。

「アイシャーは何と言っている?」

 ダズはしばらくして答えた。

「真の魔導師メンターは嘘をつかないものだ。けれども本当のことを黙っていることはある。長老がまだ隠していることがある、と」


 私は長老に向かって聞いた。

「お前はそこから出られないのか?」

「ああ、この硝子箱から出たら半刻と生きられないだろう」

「では私がこの剣を抜いてその箱を壊し、シュビッラというその女を切り殺したら、キタイ帝国はどうなる?」

「おそらく来年の春を待たずに分裂し倒れるであろうな」

 箱の上の管から出てきた長老の声には、私の背筋をゾッとさせるような倦怠と諦念が感じられた。まるで私がそうしようとしまいと何も変わらないというようであった。

「そうか」

「ああ」

「すると私がお前たちの命をここで断たなくても、いずれにせよキタイ帝国は倒れるのだな」

「その通りだ、王よ」

「その結果フランツが世界制服を果たし、やがてあの地獄がもたらされるのか?」

「その通りだ、王よ」

「キタイ帝国が倒れるのはいつだ?」

「どんなに長く見積もっても十年以内に」

 最後の問いに答えたのはシュビッラだった。


 地下宮の中には私とジェニ、エディとダズ、ソンブラと導師グルであるハシム、長老と『時の遠見』であるシュビッラ、それに二人の侏儒しゅじゅがいた。

「その二人が四人の魔導師メンターのうちの残りの二人なのか?」

 私は二人の侏儒しゅじゅを見て長老に尋ねた。

「そうだ、この二人が『千里眼』のユインと『順風耳じゅんぷうじ』ヨンだ。キタイのあちらこちらに派遣されている導師グルたちの目と耳を通してこの二人が情報を集める。何らかの危機が起こった時どんな対処を取るべきか我らが相談し、出した結論を皇帝に届けるのがハシムの役目だ」

「モルは?」

「モルの能力ちからは『幻惑』だ。時と場所それに天候などの条件さえ揃えば、何万もの軍勢を自滅させることさえできたろう」

「アイシャーの能力ちからと同じか?」

「あの女はモルの弟子だからな」


「キタイに何が起こっているのだ?」

 確かにこの脆弱なとしか言えない魔導院に支えられているとしたら、キタイ帝国が十年も持ちこたえられないという話も考えられないことではない。だが四千年も続いてきたと称する帝国が、そう簡単に倒れるものだろうか?

「『先武政治』を主張する勢力が強まっているのだ」

「『先武政治』?」

「そうだ。国を支えるのは軍事力であり、文官より武官を尊重すべきだという考えだ。確かに最近のフランツ帝国のやり口を見れば、外交だけでは問題を解決することはできないから軍事力を使えという意見が出てくるのも無理はない」

「外国が武力で攻めてきたら、武器を取って国を守るのは当然のことではないのか?」

「ああ、だが守るための武器を持った武人は、攻めるためにそれを使いたいと思うことはないだろうか? 相手が攻め込もうとしているなら、相手の準備ができる前に攻めていこうと考えたりはしないだろうか? そしてそれを止めようとする者がいれば、相手が自国民であっても武力で押さえつけ、自分の意見を押し通そうとしないだろうか?」

「それがこれから起ころうとしていることか?」

「我らは長い試行錯誤を経てこのキタイに『先文政治』を定着させてきた。しかしフランツ帝国という外敵を得て、再び『先武政治』が頭をもたげてきている。軍人たちは今まで文官に占められてきた第一の地位を求めて動き始めた。自分の動機が『愛国』によるものだと信じきってな」

「私には当然のことに思えるが」

「では王よ、その当然のことをどうやって止めればよいと思われるのか?」


「無理だな」

「そう、無理なのだ」

「何もせず、座して武力による蹂躙じゅうりんを受け入れる民などいない」

「そして社稷しゃしょくが侵されようという時、武をもってこれを守ろうとしない皇帝もまたありえないだろう」

 私はやっと長老たちの感じている無力感の理由を理解することができた。

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