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15.不死者の貌          ◆15の3◆

 シューリアの空には一刷毛(はけ)の薄い巻き雲が見えるだけで、今朝も明るく晴れ上がっていた。西の街道はマルークの丘の側にある砦門から王都に入る。この砦門にはギューク・オゴディ・ドレゲウス王子の指揮する竜騎第一大隊の兵舎が付随していた。

 このギューク殿下とは、かつてサトゥースがアイシャーから預かった軍馬の件で一悶着あったのだが、フランツとの戦いではくつわを並べて戦うことになり、今では悪くない関係を築いている。

 元々ギュークの母親は貴族とはいえそれほど有力な家の出ではなく、そのためギュークはかえって肩肘張った態度になるところがあった。だが、戦いの洗礼を受けてからは故無い慢心や出自を気にした卑下を捨て、最年長の王子としての責務を果たすようになった。すでにコデン王もギュークを継嗣として公に指名する準備を進めており、これに伴って国の祭儀についてはアイシャーに分担させるようギュークに助言したはずである。

 これは霊的な問題の扱いを得手としないギュークにとって悪い話ではなかった。儀式や霊的攻撃への対処をアイシャーに任せることにより、ギュークは政務や軍事という彼にとっては馴染み易い問題に己の力を集中することができるようになったのである。そこから生まれた自信が、ギュークに臣下への寛容さをもたらし、部下や庶民からの信頼を生む結果となった。ギュークの母が低い身分の貴族から出たということも、この場合は親近感を持たせ好感を生む一因となったのである。

 アイシャーは早い段階から、ギュークとの関係を築く計画を練っていた。隣国の公主であるアイシャーがコデン王の後宮に入ることは、ありうることであるが必ずしも好意を持って見られるとは限らない。またトゥラン王国周辺の情勢は、見るべきを見る者にとっては、風雲急を告げるものであった。だからアイシャーが何よりもまず求めたのは、己の地位の確立だけでなく、トゥランの王権の揺るぎない継続であった。コデン王が健在な内に誰もが認める継承者を確定し、その相手にアイシャーを対等以上の存在として認めさせる。それがアイシャーの意図したところであった。だからあの軍馬の一件は偶然でもアイシャーの気まぐれでもなく、トゥランを巡るアイシャーの計画の一部だったのである。

 砦門の前でギュークが騎乗して待ち構えていた。王の継子に出迎えられるとは私も偉くなったものである。

「やあ伯爵、骨の河原以来だな」

「殿下、やめて下さい。私の爵位は、外交上の名目に過ぎないことはご存じでしょう」

 コデン王がジプトに遠征している間の留守を、ギュークは任されていた。

「何を言うか、領地だってちゃんとあるのだぞ。ファルコの所領だったことが不満か? だがあそこの鱒はなかなかいける。葡萄畑も牧場もあり、立派な館もある。伯爵領として十分ではないか」

「いや、確たる功績もなく不相応な爵位を名乗るのは不本意なのです」

「骨の河原だけでは足らぬか? だがフランツでも手柄を立て、勲章をもらったと聞いたぞ。卑下することはないではないか」

 昔のギュークであれば、同じことを言ったとしても感じられたであろう棘が、その言葉には少しもなかった。この男は良い王になるだろう。

「それよりも殿下、アイシャー様からこの度の召還について何かお聞きになっていないでしょうか? 書状にはキタイから臣従を求められたとしかありませんでした。それが何故私の召還に繋がるかが、わからぬのです」

「おう、それか。私も義母上から詳しくは聞いておらぬ。いやキタイとの一件は承知しておるが、お前がどんな任務を与えられるかは、ただ使者としてキタイへ送るとしか説明されておらんのだ」

「何と! 私をキタイへですか?」

「ただ、直ぐではなく、準備ができてからという話であったが……」


 紅宮の最上階にある『陽光の間』は王宮の東側に位置し、南と東の二方向が全面硝子張りの回廊によって囲まれている。このため日の出から日没まで常に太陽の光が入る。内部の仕切りも硝子張りなので、目隠しが必要な場合は緞帳を巡らすことで人目を遮るしかない。今もギュークに伴われて通路に入ると、最も東端の一角にアイシャーが座り、待ち構えているのが見えた。

「アイシャー様、ギューク殿下が砦門で待ち構えておられたのには驚きました。一体どういう訳ですか?」

 挨拶を終えてそう問い正すと、アイシャーは人の悪い笑みを浮かべて堪えた。

「それか。いや何、お前は妙に勘のいいところがあるからな。下手をしてお前が何もかも捨てて逃げ出しでもしては台無しじゃ。だからギュークに頼んで出迎えてもらったのじゃ」

「逃げ出す? 台無し? 一体何のことですか?」

 アイシャーは卓上から柄の付いたりんを取り上げ、それを鳴らした。すると部屋の奥に設置された、天井まで届く鏡の衝立ついたての陰から。近衛の軍服を身につけた屈強な男たちが現れた。私に気配を察知させなかったことからも、いずれも手練に違いないと思わせる八人の兵士たちである。

「それ、ライトを捕らえよ! 縛り上げたら直ぐさま連行し、地下の蠍牢さそりろうに放り込むのじゃ!」

 思いも掛けないアイシャーの言葉に私があっけにとられている内に男たちは私を取り囲み、後ろ手に縛り上げた。そしてニヤニヤと笑っているギュークとアイシャーを後に残し、私は長い傾斜路を下って地下の牢獄まで引き立てられることになったのである。

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