14.機械たちの神学 ◆14の7◆
皇太子が私をフォンテモンターニュ宮殿内にある東宮での昼食会へ招いた。どうやらあの白磁の花壷をまだあきらめていなかったらしい。昼食会の席にはネアポリス大公のメルキオやあのマザン侯爵それにヴァルザン少佐も招かれていたが、参加者二十名ほどの小規模なものだった。夜会ではないせいかご婦人の姿が見当たらない。勿論ジェニも招かれていなかったが、トラブルを避けるという意味では賢い選択だ。皇太子も一つ学習したということだろうか?
食事の後、珈琲と煙草が出され、それから皇太子のコレクション室に案内された。ほとんどがキタイの陶磁器だが小振りなものが多い。大きさでも品質の点でも、どれも私の邸にあったものに比べれば見劣りがする。私の邸にあるものはほとんどが皇帝窯のものか、それに迫ると言われるあの島国の窯の品ばかりなのだから当然だ。他の客たちはしきりに感心しているが、私は当たり障りのない感想を述べるだけにしておいた。
「どうだね伯爵、私の蒐集品は?」
「殿下の鑑定眼と趣味は素晴らしいですな」
そこへマザン侯爵が割り込んできた。
「伯爵の邸でご覧になった花壷が忘れられないのでしょう、殿下」
皇太子は渡りに船という顔になり話を続ける。
「侯爵もあの白磁に目を付けたのだろう」
「殿下、あの壷を購うなら、私ごときでは到底手がとどかない代金が必要になりましょう」
侯爵がそう言うと皇太子も一瞬怯んだが、すぐに表情を引き締め私に尋ねた。
「伯爵、正直に言ってくれ。いくら出せばあの花壷を譲ってくれる?」
「殿下のお言葉ですが、あの壷は后妃様から下賜されたもので、臣下として勝手に譲渡できる類のものではありません」
そこでマザン侯爵がまた口を挟んだ。
「伯爵、敵国の財産として没収することもできるのですぞ」
どうも怪しい、この二人示し合わせているに違いない。
「その場合は、殿下ではなく皇帝陛下のお手許にいくことになりますな」
現フランツ皇帝の陶磁器に対する執着心は有名だ。一度あの白磁を手にしたら、誰にも渡すはずがなかった。私は言葉を続ける。
「唯一お譲りする許可が出るとしたら……」
そこで私は言葉を切った。
皇太子は次の言葉を待っていたが、いつまでたっても私が口を閉ざしているのに我慢できず訪ねる。
「どういう条件ならあの壷を譲る許可が出るのだ、伯爵?」
「トゥラン王国に損のない条件での講和が成立すれば、その功労者にお譲りする許可が出るでしょう。殿下、皇帝窯の品というのはそもそもそのような目的で作られる物なのです。外交や戦争の成果に対する褒賞品なのです」
「うぅむ」
皇太子が唸った。少し離れた場所に居たヴァルザン少佐が驚いた顔をしてそれを見る。
「それから侯爵が先程言われたように、私の邸にあるものを没収されそうになった場合は、すべてを打ち壊し邸に火をかけるよう命じてあるのです。ですからあれらが没収されるという可能性はありません」
「な、なんだと! あの花壷を打ち壊すだと! そんなことは許されん! 許されることではない! 美に対する冒涜だ!」
「殿下、所詮ただの『物』でございますよ。我々トゥラン人はいくら値が高くても『物』よりは名誉を重んじます」
マザン侯爵がちょっと感心した顔をして言った。
「あれは『骨の河原の戦い』での功労に対して伯爵に下賜された物だという私の想像は、やはり当たっていたようですな、殿下」
それに対して皇太子は何も答えなかった。私も黙っていた。
その後周囲の者も皇太子と私の間に何事かあったと考えたのだろう、誰一人話しかけては来なかった。気まずい思いをするよりはと早々に退去することにし、皇太子に招待の礼を述べた。
東宮を出ようと馬車溜まりへ向かって歩いていると、なかなか見かけの良い一人の若い女官が待ち受けていた。私が近づくと小さなペンダントを指先でつまんで私に見せる。手を出すとそれを手渡し、それから私にささやいた。
「ついて来て下さい」
ペンダントを裏返すと、金の土台に彫金で『ベベ』と彫られてあった。




