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3.目覚めよと呼びかける声   ◆3の6◆

 通常一日に何度か見かける羊の群れの姿が無いのには理由があった。宿営地を獅子が襲ったという情報が瞬く間に伝わったのだ。

 羊飼いたちはより危険の少ない谷間へと自分の守らなければならない羊の群れを導き、安全が確認されるまでそこに留めることにした。二・三日の間食草に飢える羊がいても、獅子の餌食となり失われたり傷つけられたりすることを考えれば、羊の所有者たちも納得するだろう。

 山村からやって来ている男たちとの情報交換でそのことがわかった。


「街道を避けてこの宿営地の前後を移動する者の姿を見た者は、いないようだな」

「村のある山地の側はまだしも、街道の反対側、村から遠い方はどうでしょう?」

「生き残りの獅子がいないか、家畜の所有者(ドネデガド)たちが探索していると言っていた……」

「皇帝の手のものは獅子とは違います。人数が減れば、発見はさらに難しいでしょう」


「俺を差し置いて、何を相談しているのだ?」

 サトゥースが部下の軍曹を連れてやって来た。昨日の晩三人の死体を調べていた大男だ。


「少し街道を戻って、背後を確かめてこようと思っている」


「クフナフルまで戻られるのですか?」


 軍曹は私が三頭の雌獅子を仕留めたことを知った後、やけに丁寧な態度をとるようになった。おおかたサトゥースから大げさな法螺話ほらばなしでも聞いたのだろう。

 クフナフルというのは私たちが出てきたオアシスの町の名だ。本当はクフナ・ウルというのが正しいのだが、文字を知らない者たちの多くがクフナフルと呼んでいた。


「いや、少し街道を戻って後を付けてくる者が無いか、臭いをいでくる」


「おやぁ、お前が犬の血を統いているとは知らなかったな」

  サトゥースが口にしたその言葉に軍曹が顔を引きつらせた。一歩間違えば殺傷沙汰に及ぶ侮辱になりかねないからだ。


偵察者レンジャーにとっては褒め言葉だな」

 私のその言葉に、軍曹は明らかにほっとした表情を浮かべた。サトゥースめ! 私の人柄ことをねじ曲げて部下に伝え、遊ぶのはやめてくれ。それとも、私を平気でからかうところを部下に見せつけ、豪胆なところを示そうという魂胆なのか? そんな腹黒い、玉の小さい奴だとは思いたくないが……。



「あれは……天然ですね」

 少し離れてからジェニが言った。


「ん?」


「悪意や他意があって言っているわけではありません。ただ思いついたことを、そのまま口にしているだけです」


「あいつはいい歳した大人だぞ。地位も名誉もある、それこそひとかどの……。ジュガタイの邸では、そうとは見えなかった……というか、それなりに見えた」 


「今の方が素のサトゥース様なのでしょう」


「お前のような年下の者にそんな風に見切られてしまっていいのか? お前、姫様より年下だろう…?」


「新年になれば私は十六になります。姫様の歳は……、お知りになろうとしない方が賢明です」


 私はため息をついて鞍頭から手綱を取り、馬の鼻面をクフナ・ウルの方に向けた。



 半刻余り街道を戻ると、道端に嫌なものを見つけた。ねじくれた姿で倒れている若い男の死骸だ。顔に見覚えがある。ジュガタイの召使だった。抵抗の跡は無く、首の骨を折られていた。


「殺されたのは今日、それも明るくなってからでしょう」


「子猫の首を折るように、簡単に息の根を止められたのだな」


「襲われたと気づく間も無かったのでしょう」


「命のやり取りは、人間相手にも何度も経験しているが、こんな無造作に人の命を奪うというのは……」


「力に圧倒的な差があれば、私も同じようなことをいたします。そんなのはお嫌いですか?」


「君は……気になるのか。私が…どう思うかを…」


「ライト様がどう感じようと、私のすることは変わりはしないと思います。……多分」


 私は黙って若者の死体を調べた。


 声を出すことができるほど心を素早く決めることができなかった。


 何も言えないでいるうちにジェニが言葉をついだ。


「多分、魔導院の道士がクフナ・ウルに来ています。ジュガタイ殿がこの者に知らせを運ぶよう命じたのでしょう」


「で、どうすればよいのだ……私は?」


2013.09.29. 「キャンプ」を「宿営地」に訂正。他の部分との整合を図るためです。

2014.04.16. 『誤って入れた改行』を削除いたしました。見つけてくださりありがとうございます。

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