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13.爛熟の円舞曲《ワルツ》   ◆13の14◆

 聖ヨワネステ騎士団はフランツ皇帝公認の秘密組織だ。存在は皇帝によって承認されているが、組織や構成員そして活動内容さえも公にされていない。騎士団員は自ら団員であることを外部に明かすことはない。そして団員でないものが騎士団員であると騙ることもない。そんなことをすれば見せしめとして抹殺されてしまうからだ。

 皇帝が何故そんな秘密組織を認めているかというと、聖ヨワネステ騎士団を弾圧すれば帝国自体が揺るぎかねないほどその勢力が深く帝国の権力組織に根を下ろしていたためだ。共倒れになるのを恐れた皇帝は騎士団を弾圧するのではなく、利用することにしたのだ。それが皇帝の認可であり、代償として騎士団総代は毎年皇帝の前に伺候しこうし、団員の秘密名簿と活動報告を提出する。その際皇帝だけが正体を知る騎士団総代は鉄の仮面で顔を隠し、声を上げず書面と身振りのみで皇帝の下問に答える。そして時々皇帝は騎士団に公にできない任務を与え、団員は秘密の内にその使命を果たす。

 団員は騎士団から選ばれるのであり、自分が望むからといってなれるものではない。いくら高位高官であろうと碩学であろうと、選ばれない者はなれない。現にネアポリス大公であるメルキオも、清貧の賢者として高名なシャルニーの大僧院長キャスパも、聖ヨワネステ騎士団には属していなかった。

 騎士団員は互助友愛の義務があり、高位にある者は同じ騎士団員を引き立て、下位の者は高位の者の為に尽力を惜しまない。時が経つにつれこの秘密結社は、皇帝の権力さえ脅かしかねない存在へと成長していった。

 だがトゥランとの戦争における思いもよらない大敗は、この組織をも揺るがすことになった。四半世紀以上に渡ってほぼ一枚岩だった騎士団が大きく四つの派閥に分かれてしまったのだ。その四つとは、陸軍派、海軍派、資本家派、そして和平派だった。

 一つ目の陸軍派は、この際陸軍を増員強化して陸路トゥランそしてキタイへと進軍しようと主張する者たちの集まりだ。

 二つ目の海軍派は、大損害を被った海軍の再建に国費を投入し、海上封鎖を主なる手段として、港湾と海岸沿いの土地を占領することでトゥランを締め上げるべきだと主張していた。

 三つ目の資本家派は、陸海軍の主張はいずれも国費の無駄遣いであり、そこそこの軍事費は認めるものの、国内産業の振興のために『勝ち過ぎない程度に』戦争を長く続けるのがよい、という考えだ。

 最後の和平派というのは、戦争によるよりも外交によってトゥランを属国化してしまうべきで、そのためにはフランツ帝国にとって有利な条件での和平を求めるという考えだった。

 実はトゥランにとって一番厄介なのは四つ目の和平派で、一度外交交渉になってしまえば、国力の大きな差からトゥランにとって不利な条件を呑まないわけにはいかなくなると考えられていた。


「それでギルベルトに決闘の依頼をしたのはどの派閥なのかな?」

 あまり期待せずに私はフロロにそう尋ねた。まさか正直に答えてくれるとは思わなかったからだ。ところがフロロは幾分困惑を交えた表情で直ぐに口を開いた。

「それが、話を持ってきたのも実際に交渉に当たったのも近衛このえなのです。当然陸軍派ということになるはずなのですが……陸軍派の主立った者の関与が見つかりません。おまけに私にその場に立ち会えという御沙汰おさたがありました。出所は当然……」

「皇帝陛下か!」

 フロロは黙って頷いた。いつの間にか奴の後をとっていたジェニがそこに声を掛ける。「奇々怪々というやつですね。確か皇帝陛下は伯爵に『暗黙の』外交特権を与えたはずです。その一方謀殺と言っていいくらいの手段で伯爵を殺そうとする。そんな面倒な方法をとらなくても、官憲の手で伯爵を捕縛し秘密裁判にでも掛けて処刑させた方がよほど確実ではないでしょうか?」

 奴は一瞬飛び上がりそうな顔をしたがこらえ、ジェニの問いに答える。

「ジェニ殿でしたな。やれやれ参りました。これでも一応の心得はあるつもりなのですが、女性に不意をつかれるとは……。だが失礼ながら、あなた方は帝国にとってのあなた方の国の重みを、実質以上に考え過ぎているのではないでしょうか」

「つまり帝国は、トゥランが少し噛みついたくらいでは痛みさえ感じないと?」

「いや、そこまでは言いません。海軍の被った痛手は決して小さくありません。ただ、トゥラン海軍に敗北したと考えている者は、海軍の中にほとんどいないでしょう。あなたがたの艦船の砲撃で沈んだ船は一隻も無いのですから。それに我が帝国は元々陸軍国です。百万の陸兵のうち三万が破れたとしても、陸軍全体では負けていない」

「陸戦では数が力だからな、ジェニ」

「骨の河原の戦いの後、我らに一万でも予備があれば、あるいは兵站が確保されていれば、勝利は帝国のものだったでしょう」

 フロロがそう付け加えると、ジェニは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

へいに『もし、だったら』はありません」

「もっともです」

 フロロは反論する様子も無く頷く。

「しかし、その上で考えてみて下さい。陛下が貴国との問題より国内の問題を優先して考えて動く可能性を」

「つまり皇帝は、国内問題の解決にトゥランとの戦いを利用しようとしていると言うのですか?」

 ジェニの問いかけにフロロが頷く。ジェニは下唇を噛んで私を見た。

「最初からわかっていたことじゃないか、ジェニ。帝国が抱えている問題は我が国のことだけではない。それは帝国だけじゃない。我が国だって同じことだ」

 フロロが私を評価し直すという目で見ながら頷いた。

「陛下が考えているのも、貴国と我が騎士団の問題だけではないと思います」

 帝国はそれほど大きいのだと言いたいのだろう。あの堂守と同じ顔なのに、そこには冷徹に権力間の力の均衡を計算する男の姿があった。

「では、皇帝は伯爵を殺すつもりが無いと」

 ジェニがフロロに尋ねる。奴は首を振った。

「陛下はそんな考え方はしません。どちらに転んでも次の手を考えてあるのです」

兵棋へいぎの名手のようにいく筋もの手を読んでいるというわけか」

「それが今のフランツ帝国皇帝カルロ・レオン・ナブリオネ・ボナパルテというお方です」

 ボナパルテⅢ世とも呼ばれる現フランツ皇帝は、一筋縄でくみする事ができる相手ではなかった。

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