3.目覚めよと呼びかける声 ◆3の2◆
私が歩き出すとジェニは何も聞かずに数歩後をついて来た。いつの間にか彼女は短弓を左手に持ち、背に短い矢を十本余り収めた矢筒をかけている。
ジェニの持っている短弓は上下二尺半程度。だが騎馬の民が常用する上半分の方が長いそれではなく、ほとんど上下対称の複合弓だ。速射性はあるかもしれないが騎射ではあつかい難く、射程も長くはないだろう。かと言って槍や刀剣の間合いでは使い物にならない。
まるで玩具の弓で武装した人形のようではないか、一瞬そんな思いが横切った。
ジェニが矢筒から矢を三本抜き出した。
胸の鼓動が三つ打つ間に三本の矢が放たれた。
しばらく様子をうかがった後、進んでいくと短槍を手にした男が喉笛を射抜かれて倒れていた。そのすぐ後ろには、左目に矢を突き立たせた男が、右手に矢、左手に短弓を持って死んでいた。さらに十歩ほど離れて、三人目が両手を大きく開きうつ伏していた。その盆の窪にも深く矢が突き刺さっていた。
「君は……この夜闇の中で、的が見えるのか!」
「最後の一人はまぐれです。逃げ出した気配を狙いました」
可愛い人形のような見かけだが、正体は殺人蜂のようなものだな。私の臍の下から何だかゾクゾクする快感がこみ上げてきた。
ジェニは倒れた男たちから矢を引き抜くと、矢尻と矢柄を改め、拭ってから二本を矢筒に戻した。返しのない矢尻を使った矢は比較的簡単に引き抜くことができたようだが、それでも一本は破損していたのだろう。
その間私は男たちの持ち物や身体をざっと調べた。
「武器の他にはほとんど持ち物がない。どこかに置いてきたのだろうな」
「この者たちの体つきは鍛錬したものではありません。単に雇われたごろつきでしょう」
「では」
「物見役の者たちが逃れるまでの囮に使われたのです」
「短槍、短弓、柳葉刀という組み合わせは悪くないが……」
「三人一組にすれば時間稼ぎにはなります」
「所詮は使い棄てか」
「この類の者たちは自分の所有物を身から離すことを嫌がります。それを誰かが強いた。身軽にさせ、後のことは考えずに暴れるだけ暴れさせるために」
「だが、それを君がさっさと片付けてしまった」
「物見役は逃げてしまいました。いずれにしろこの者たちをほっておくわけにはいきませんでした」
サトゥースが数名の兵を引き連れてそこへやって来た。
「これは……ライト、お前がやったのか。銃声は聞こえなかったが」
「隊長殿。この傷は銃でも刀剣でもありません」
兵の一人が死体を調べてから言った。
「んぅん、と言う事は……」サトゥースが私をひと睨みしてから、疑わしそうにジェニを眺めた。「そっちのお嬢ちゃんか?」
その時私は驚くべきことに気づいた。ジェニはあの短弓を手にしておらず、矢筒も見当たらなかった。手にしているのは、矢筒に戻さなかったあの一本の矢だけだった。
私は何を見ていたのだ?! そしてサトゥース、お前はとんでもないものを見逃したのだぞ!
2014.02.20.改行部分訂正