1.夢より深き覚醒 ◆1の1◆
初めての投稿です。いたらない所も多いと思います。ご意見、ご指摘等お待ちしています。よろしくお願いいたします。
私が眼醒めたのは砂漠の西の外れにある所謂オアシスの街中であった。昔は砂漠の直中にあったというその町は、なぜか東へすべての砂丘が移動していく中に取り残され、いつの間にか砂漠と草原の境目に位置するはめとなっていた。
これは町の住人にとって災難であった。実のところこの町は砂の海を越える商隊キャラバンの中継地として栄えてきたのだった。
ところが砂漠が移動してしまうと、この町はどうしても必要とされるわけではなくなったのだ。
それでも長い間の習慣によるのだろう、多くの商隊はまだこの町に足をとめ、水場を利用していた。だが、最近では草原の中に別のルートを開拓し、目的地に至るまでの日数を縮めようとする商人達も現れていた。そのため、往時に比べれば町は寂れてきており、老人達は街中の建物に差しかけられた日除けの下で、この町がもっと賑やかだった頃を想っては愚痴をこぼすのだった。
災難と言ったら、草原には獅子達がいた。獅子達は元々砂漠と草原の両方で暮らしている生き物だ。ただ、彼らの獲物であるインパラやガゼル等は草原に住んでいる。
だから草原にいるときの獅子達は狩猟態勢である。数匹の群れで寝そべったりしている姿を見れば油断してしまいがちなのだが、彼等が実際に獲物を狩るのに費やす時間は非常に短い。
一見脱力し無関心である姿から、突然四肢を駆って奔り出し、獲物に襲い掛かる。そして強い前脚の一撃か顎の力で獲物を屠る。砂漠の中にあった頃よりも、獅子達が町の近くに現れることが多くなった。
もっとも、そのせいで商隊は相変わらずこの町を利用しているとも言える。誰であっても草原で夜営中、周りの闇の中から獅子達の唸り声を聞きたいと思うわけがないではないか。
目醒めたというのは、私が転生者だということである。砂漠と草原の境目に位置する広い平らな地に、高い位置から照りつける強い日射しの中で、ふと気がつくと私は、見知らぬ中年男の身体の中にいた。
私がこの前誰だったかは、全く憶えていない。ただこんな風に痩せて、日焼した肌を持ち、周りとほぼ同様な身の丈の男だったのではないということは、分かっていた。
今の私は、エンテネスと云うらしい。別の者はライトと呼ぶ。エンテネス・ライトというのが私に与えられている名前なのだ。
周囲の人々はどうやら私のことを知っているらしい。だが私には見覚えのない人間ばかりだ。ただ何故か何人かの名前はどこからか引き出すことができた。その名前で呼ぶと彼等は返事を返す。ということは、私が彼等と同じ言語を話すということでもある。しかし、その言葉は私が前に使っていたものではなかった。
「旅立ちの準備は終わったのかライト殿? 今日は、預かっていた武器を返そうと思ってな……」
話しかけてきたのは町の長老、と言ってもさほど年老いているというわけではなく地位の名称なのだが、ジュガダイという男だ。手にした小銃の遊底は磨り減っており、使い込まれた銃床は飴色に光っていた。
この町では銃器を持ち歩くことが許されていない。町に入る前に銃器と弾薬を預けるよう、不文法に定められていた。
これは実は定住しない人々ベドウィンとのトラブルを避けるためである。
彼等は街中に住まないが、生活のため町で売り買いをしにやってくる。
しかし彼らの誇りは高く、時として激しやすい。砂漠では彼等は自らの主人で、自分の主張を貫くために武器の使用をためらわない。だが街中で同じように振舞おうとし、銃器を持っていたばかりに、過去少なからぬ人死にが出た。短剣を振り回す程度であれば町の警吏にもなんとか対応できた。しかし発砲騒ぎになれば、どんなに訓練されている男たちにとっても、取り押さえるのは命がけだ。そこで、町の中に銃器を持ち込まないということが、不文法として定められたのである。
本来であれば銃器は町を出る間際に手渡されるべきであった。ただ、この前私が町を離れ帰ってきてから数ヶ月が過ぎている。丁寧に保管されていたとはいえ、旅に出る前に銃器の手入れをせずに命をそれに預けたいと思う者はいない。このことに関しては不文法であるため、運用は長老達の裁量にゆだねられている部分が少なくない。いや、明文化するといろいろ不都合なことが出てきかねないからこそ不文法とされているのだろう。
私は感謝の言葉を口にしてジュガダイから銃を受け取った。それは小銃と言うには少し短めで、銃身は二尺フートにかなり足りない。騎乗しての取り回しがしやすい長さで、遊底桿が他の装具に引っかからぬよう下方に屈曲し、閉鎖状態で銃の側面に密着するようになっている。今夜手入れをすることにして、壁際に置かれた長櫃の中に入れた。
その後話は馬の話になった。勿論今度の旅は砂漠を越えるわけではない。砂漠を馬で往くためには大量の水と飼料を持参しなければならない。草原であっても戦闘に使するのであれば、一部穀類を与える必要があるが、生草や水は現地調達が期待できる。ただ馬は決して頑丈な動物とは言い切れず、生草ばかり食べさせるのは望ましくない。ジュガダイがそんな分かりきった話をするのは、私のことを気にかけていると言いたいのだろう。
今回の旅は長老たちの依頼による貴人の護衛である。砂漠を越えてやって来た彼らは、この町で旅装を改め王都であるシューリアに向かう。草原を七日余り、山間の路に入ってから十日と、まだ半月以上かかる旅である。
王都からは迎えの馬車がこの町までやって来ており、貴人のために待機していた。ただ、馬車と共にやって来た護衛の兵士たちは草原の旅に慣れておらず、不手際で貴人の不興を買うことを虞れた護衛の隊長から、帰路の支援を頼まれたということらしかった。
要するにうまくいって何事も無くて当たり前、万が一不手際があった場合には犠牲の黒山羊にされかねないという、割に合わない仕事だった。
そんなわけで、ジュガダイは少し気がとがめているのだろうというのが、私の見方だ。
帰り際に彼は私を夕食に招いた。今回の護衛対象である貴人に引き合わせるというのだ。まあ、これは仕事の一部として命じられたということになるのだろうから、出席しないわけにはいかない。
2013.09.18. 一部訂正しました。
2014.02.18. 改行部分訂正しました。