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浮気な騎士と赤髪姫  作者: 白椿
6/8

大きな猫は秘密です。


 前世でも現世でも、一様にして女子の身仕度というものは時間がかかるものだ。


 ましてや、ある程度身分の高い貴族のご令嬢ともなれば、其れに伴う時間も半端ではない。


 コルセットでウエストを締めあげ、ドレスを選び、化粧を施し、髪を結い上げ、装飾品を身に付ける。勿論のこと、その全ては季節・流行・場所・時間なども考慮しなければならない。そして、お茶会や舞踏会などの催しが重なれば、其れにかかる時間も二倍、三倍となるわけで……。


 ほんと、『お洒落は我慢』とは、よく言ったものである。




 しかし、レオノーラの身仕度はいささか事情が異なっていた。


 朝、メイドの用意してくれた盥で、バシャバシャと顔を洗い、髪を皮紐で一つに括り、クローゼットから取り出した騎士服を身につければコーディネートは完了。王族の、しかも姫とは思えぬお手軽さである。


 無論、多少の普段着は持ち合わせているものの、春夏秋冬すべての行事が騎士服一つで事足りてしまうので、「今日は何を着たらいいのかしら?」なーんて頭を悩ませることもない。


 しかし……。この楽チンこの上ない身仕度にも、たった一つだけ問題があった。




*



「……今日はまた、一段と凄いことになってますね」


 爽やかな朝の光が差し込む、王城の一室。部屋付きの専属メイドであるリリアナは、主の赤い髪に櫛を入れながら小さく苦笑した。


 彼女の言葉通り、レオノーラの長くクセの強い剛毛は、右へ左へとピョンピョン盛大に跳ねまくっている。


 本人的には、特に長い髪に思い入れがあるわけでもなく、毎朝リリアナの手を煩わせいるのも心苦しく思っている。いっそのことバッサリと切ってしまいたいのだが、「それだけは絶対に許しません!」と王妃からきつく言い渡されているので、仕方な〜く伸ばし続けている。


 まあ、ショートカットの女性と言えば、【罪人か幼子】と言うのがティリレイでの一般認識だから、王妃が反対するのは無理もないのだけれど。


「う〜ん…。昨夜は何だか寝つきが悪くってさ…、ベッドの上をゴロゴロしてたからかなぁ〜…」


 体の倍ほどはありそうな大きな姿見の前。レオノーラは、跨いだ椅子の背もたれに顎を乗せたまま、「ふわあぁ〜…」と大きな欠伸を漏らした。


「まだ昨日の疲れが残っているのではないですか?」


「や。大丈夫大丈夫、ちょっと眠いだけだから」


「そうですか。それを聞いて安心いたしました。昨夜お帰りになられた時は、随分とぐったりとしたご様子でしたので」


「…………あまりの情けなさにね」


「は?」


「ううん。なんでもない」


 思わず漏れてしまった心の声に昨夜の失態が思い起こされ、レオノーラはこっそりと溜め息をついた。


(いくらパニくってたからって鼻血はないよ〜っ!私っっ!!)


 あの後。紫苑さん(仮)のに服を鼻血まみれにするわ、カイルには散々馬鹿にされるわ…。羞恥と混乱で危うく失血死すると思った。


 自室前でレオノーラの帰りを待ち構えていた両親も、あまりのグッタリした様子を目にして、お説教の続きどころではなくなったらしい。それどころか早く休むようにと寝室へ急き立てられた。


 しかし、いかに図太い神経を自覚しているレオノーラであっても、流石にこの状況下で眠れるはずもない。一晩中、壊れたレコードのように何度も何度も同じ疑問が頭の中を駆け巡った……。



【紫苑さん(仮)は自分と同じ転生者なのか?】


【前世の記憶があるのか?】


【それとも紫苑さんに似た、まったくの別人なのか?】


 結局は一睡もできないまま朝を迎えてしまったのだ。


そして、一晩考えに考えた末、レオノーラは一つの決心をした。


 それは、『今後一切、紫苑さん(仮)には関わらない!近づかない!』というものだった。


 勿論、紫苑さん(仮)の正体を知りたくないと言えば嘘になる。…が、相手を探れば、逆にこちらの正体を知られる可能性も大きくなる。


 冗談みたいな現世の姿や、前世で飼っていた《大きな猫》のことを紫苑さんに知られたら……。


 レオノーラは自らの想像に、ダラダラと冷や汗を流しつつ、『そ、それだけは絶対に回避しなければっっ!』と固く拳を握り締めた。


 幸いなことに、レオノーラから近づきさえしなければ、一介の騎士と王女との接点は限りなくゼロに近い。レオノーラの正体がバレる心配も、まずないだろう。


(そうと決めたら、紫苑さん(仮)に気付かれないように覗き見できる鑑賞ポイントを探さないとだな〜。うん。)


 クローゼットから上着を取り出しながら、危ないストーカー思考に耽るレオノーラに、後ろをついてきたリリアナが声をかけてくる。


「今朝は、国王様が朝食をご一緒にとのことですので、メインダイニングへおいで下さい」


「えぇ〜!」


「えぇ〜!って何ですか!」


「だって…。どうせ昨日のお小言の続きでしょ〜?朝イチからお小言はキツいよ〜!」


「仕方ありませんよ。それって、いわゆる《身から出た錆》と言うものではないですか?」


「うっ……」


 可愛らしい外見とは裏腹に、リリアナは結構、毒舌なところがある。


 しかも、うっかりレオノーラが口にした、前世の、《ことわざ》を気に入ってしまい、ちょくちょく会話の中に入れ込んでくるのだ。


(どうやら、レオノーラが考えたものだと勘違いしているようだが、説明が面倒なので放置したままにしている)


 それにしても………。父王との朝食とは気が重い。父王がいるということは王妃もいるということで…。ただでさえ問題が山積み状態の今、二人の波状攻撃に耐えなければならないなんて…。


「うううぅ〜〜…っっ!!」


 レオノーラは低い唸り声を上げるとグシャグシャと両手で髪を掻きむしった。


「――――レオノーラ様?」


「……え?」


 漂う怒気に振り向くと、リリアナの冷笑越しに、寝起きより更に酷い惨状になったレオノーラの爆発頭が鏡に映っていた…。


 その朝。レオノーラの身仕度が王家の姫らしく長いものになったのは言うまでもない。




*







(不気味だ……)


 遅れに遅れて朝食の席に着いたレオノーラを迎えたのは、両親の満面の笑みだった。


「おお。来たか、レオノーラ。あまりに遅いので、今、使いの者を呼びにやろうかと思っておったところだ」


「それは…。お待たせして申し訳ありませんでした」


 椅子の横に立ち軽く頭を下げると、父王の隣に座っている王妃から「あなた!」と言う非難の声が上がった。


「レオノーラは賊の討伐で疲れているのです!急かすようなことを言っては可哀そうですわ」


「おお、そうであったな!レオノーラ。昨夜は見事、賊を捕縛したと聞いておるぞ?誠にご苦労であったな」


「はあ…」


 ……不審すぎる。一体これは何の嫌がらせだろうか?いつもの父王ならば、開口一番、「城を抜け出すとは何事だ!」とか「姫としての自覚が足りぬ!」と雷を落とし、「自室で謹慎しておれ!」と続くのが常なのに。


「何はともあれ、先ずは朝食にするとしよう。疲れに効きそうな物を用意させたゆえ、沢山食べなさい」


「……はい」


 レオノーラは自ら罠に掛かる獲物のような心地で、恐る恐る椅子に腰を下ろした。


「ところで。昨夜は、その〜。ゴホン。何か変わったことがあったと聞いておるが?」


「変わったこと…、ですか?」


 何だろう?父王自ら討伐の話を振ってくるとは。珍しいこともあるもんだ。


「えぇと……。昨夜、捕縛しました賊は以前から証言に上がったいた通り、幻惑術を使う女の三人組でした。下級レベルの呪文を使っておりましたので、騎士団の者達も…」


「あ〜良い良い!その辺りのことは既にカイルの方から報告を受けておるゆえ。もっと他に変わったことがあったのではないか?」


「他にと言われましても…。ああ。実は賊達は禁呪を使っていたようでして。早急にルーン様にお伺いを…」


「あぁ。その件も承知しておる!ルーンには既に話を通してあるゆえ、心配せずともよいぞ。其れより、その先だ!その先のことを聞かせてくれ」


 何なんだ?何が知りたいのかサッパリ的を射ない。訳が分からないと言った様子でレオノーラは顎に手を添え首を捻った。


「その先…。と言われましても…」


「その〜。ほら、あれだ!賊に襲われた男がおったであろう?」


「!…い、いましたけど。それが何か?」


 何でそんなことを、と動揺したレオノーラに父王の鼻息が荒くなった。


「どっ、どのような男であった?」


「……は?」


 気の無い返しに王妃がジタバタと身を捩る。


「あぁーー!もう、じれったい!どう思った?凄く素敵な殿方だったでしょ?」


「魔力の方もかなりの能力だと聞いておるぞ!」


 父王と王妃はテーブルに身を乗り出し、レオノーラへ好奇の視線を向けてくる。


「実はだな、先日、隊員募集に推挙された者達と目通りした際から、レオノーラのお目付け役にと考えておったのだ」



「はあーーっ?!」


 国王自ら隊員志願者に目通りなど聞いたことがない。いったいどんなつもりで……。


「…まさか」


 まさかまさかまさかっ!


「私の花婿候補を探す為に隊員の募集をかけたのですかっ?!」


 レオノーラの言葉に、父王があたふたと視線を泳がせる。


(そういう事だったのか…)


 元はと言えば、カイルがレオノーラのお目付け役に選ばれたのも、この二人の『お目付け役と姫のラブロマンス』なんて馬鹿げた計略からなのだ。


 どうりで先程から機嫌が良かったはずだと、冷たい視線を向けるレオノーラに、父王は顕らかに挙動不審に言い募った。


「そ、そのようなはずないであろう!騎士団は常に人員不足であるゆえ、戦力を増やさねばと思ってのことだ!」


 どこかで聞いたことのあるフレーズに頭が痛くなる。


「折を見て顔合わせをと思っておったが、手間が省けたのう、妃?」


「ええ、ええ。まさに運命的な出会いですわね〜!」


 運命とか言ってるし!既に隠す気ないし!このままでは本当に紫苑さん(仮)がお目付け役になってしまう。


「お待ち下さい!既に私にはカイルというお目付け役がいるではないですか!」


「それはそれ、これはこれだ」


「な…」


 子どものような理屈に、唖然となった。そんな身勝手な理由でレオノーラの秘密が危険にさらされるなんて冗談じゃない!


「シオン殿には既に話を通しておるゆえ、明日からにでも早速レオノーラに付いて貰うとしよう。これからはカイルと二人、そなたの警護にあたってくれるのだ。頼もしいことだな」


「あ、あの、父上!それでしたら、私はカイル一人で十分間に合っておりますので…」


 どうにかして前言を撤回せねばと言い募るレオノーラの言葉は、ビシャリと叩きつけられた王妃の扇の音に遮られた。


「レオノーラ。これは既に決定事項なのです!恨むなら自らの日頃の行いを恨みなさい!…そうですよね、あなた?」


「う、うむ。そうだぞ、レオノーラ!」


「そ、そんな!あの…っ」


 尚も食い下がろうとするレオノーラを振り向きもせず、二人はスキップでもしそうに浮かれた様子で部屋から出て行ってしまった。


―――ガシャーーン!!


 まるで心中のショックを代弁するかのような音を響かせて、顔面蒼白なレオノーラの手元から、ナイフとフォークが皿の上に滑り落ちた。


「な……な、な…っ」


 なんでこうなるのーーーっっ!!と、我に返ったレオノーラの大絶叫が、虚しく城内に響き渡った。

最後まで読んでいただき、感謝です(≧ω≦)


レオノーラは基本、目上の人や、初対面(または、それほど親しくない人)には敬語。親しい人にはタメ口となっております。読みにくくて、すいません^ロ^;

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