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浮気な騎士と赤髪姫  作者: 白椿
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運命の岸辺は血に染まる。



「レオノーラ様ーーっ!こちらにいらしたんですか!お探ししましたよぉーー!」


 逃げられない様に賊達を荒縄で縛り上げていると、麓の方から、マロンを先頭に騎士団の連中が駆けてくるのが見えた。


 その中に、白馬に乗った一際目立つ金髪の男の姿を見つけて、レオノーラは「げげーっ!」と顔を背けた。


(うわ〜…っ!また面倒なのが来た〜。確か今日は非番のはずなのに……)


 憤怒の表情の男は、数十メートルの距離さえももどかしいと言った様子で、離れた馬上からレオノーラをガミガミと怒鳴りつけてきた。


「レオっ!見回りに行く時は声をかけろとあれ程言っておいただろ!王からお叱りを受ける俺の身にもなれ!」


 馬から飛び下りるなり、まるで指差し確認するように、レオノーラにビシビシと指を突き付けてくる、この男。名をオルガナ・ローデシア・カイルという。


 名門貴族オルガナ家の跡取り息子であるカイルは家柄だけじゃなく、王立騎士団の中でもトップクラスの剣技と魔力を誇っている。騎士団お歴々の間では、将来、騎士団長にもなりえる器だと目されているらしい。おまけに金髪碧眼で高身長ときたら、『どんだけハイスペックだよ!』と突っ込まずにはいられない。


 まあ。その完璧さが国王の目にとまり、直々から、《レオノーラのお目付け役》なんて面倒な役回りを押し付けられているのだから……。どうやら運はあまりよくないらしい。


(ほんと、気の毒なヤツだよね〜…)


 カイルに同情の視線を向けると、「おいっ!ちゃんと俺の話を聞いてるのか!?」と怒鳴られた。地獄耳までオプション装備しているとは…、恐ろしい男である。


「聞いてるよ!聞いてるけどさ〜、非番にわざわざ呼び出すのも悪いと思ったし…。相手は例の幻惑使いだったんだよ?ついて来てたらカイルだってどうなってたか分かんないじゃん!」


「は。馬鹿馬鹿しい!俺が、そのような軟弱な術にかかるものか!」


 カイルは、根拠の無い自信に、腰に手を当て胸を張る。ババーン!という擬音まで聞こえてきそうだ。


「……お前みたいなのが一番危ないんだよ」


「……何か、言ったか?」


 口中でぼそりと呟いたレオノーラを、カイルがじろりと睨んできた。


「べーつーにっ!何も言ってないけど?あっ、そうだ!そんなことより、これだよこれ!」


 レオノーラは、胸ポケットに手を入れると、取り出した物を、ホイっとカイルに向かってほおり投げた。


「…って、お前!物をほおって寄こすんじゃないっ!」


「まあまあ」


「何が、まあまあだ!まったく…。ん、何だこれは?彫られているのは……、古代文字のようだが…」


 しかめつらしい顔をして水晶を眺めるカイルに、レオノーラは「だね〜」と軽く頷いた。


 月明かりに輝く濃紫で雫型の小さな水晶。滑らかな表面には、金字で細かな紋様が彫り込まれている。


「賊達が身に付けてたんだ。占いの館なんかで、普通に売ってる御守りだよ。恋愛成就とか、魅力アップとかの」


「はあぁ?……御守り?」


 予想外の答えだったのだろう。それがどうしたと胡乱な眼差しを向けるカイルに、レオノーラは真剣な面持ちで続けた。


「彫られているのは…、たぶん禁呪だと思う」


「!」


「その御守りに何らかの禁呪を施して魔具として利用してたみたいだね。本人達が禁呪(それ)と理解してたかどうかは分からないけど…」


「…禁呪というのは、確かなのか?」


「うん…。古代文字だし、凄く細かい紋様だから詳しい術式までは読み取れないけど。間違いないと思う」


 レオノーラの説明を聞くと、カイルは整った眉をギュッとしかめた。


 禁呪とは、その名の通り禁じられた呪術のことであり、あらゆる呪いは勿論、人や自らを贄とする呪術も、其れに含まれている。


 ティリレイ国の法のもと、使えば重罰が課せられ、場合によっては死罪となることもある。


「そんなことの為に禁呪を使うとは……、愚かな!!」


 カイルは憎々しく吐き捨てると、触るのも汚らわしいとばかりに、爪の先で水晶を摘むように持ち直した。


 潔癖な彼らしい反応に、レオノーラは苦笑を漏らしつつ、先を続ける。


「禁呪の解読も重要だけどさ……、取り敢えず、この品の出所を探ってくれる?とても素人の仕事とは思えないからね」


「わかった」


 そう言うと、カイルは手にした水晶を几帳面にハンカチに包んでから、腰袋にしまい込んだ。





「レオノーラ様」


 カイルとの会話が終わるのを見計らったように、背後から騎士団員に呼ばれた。


「お話し中、申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか?」


「うん。いいけど、どうかした?」


「湖の傍に倒れていた男の処遇は、いかがいたしましょう?」


 尋ねられて、そういえば…、と思い出した。


 団員の視線の先を見やると、他の団員に肩を支えられ、こっちに向かってふらふらと歩いてくる男の姿が目に入った。


 レオノーラと同じくらいの長身なのだろう、抱えられて尚、余ったように膝が曲がり、とても歩きづらそうだ。


 賊にかけられた幻惑術のせいで、暫く気分の悪さは残るかもしれないが、大した怪我はしていないだろう。


「これと言って目立った怪我はないようですし、今日のところは、このまま家まで送り届けてよろしいでしょうか?」


「家って、……こんな時刻にロップス湖に近づくなんて、土地勘のない旅人とかじゃなかったの?」


 ロップス湖には、夜行性で非常に凶暴な水属性魔獣が生息している。王都の者ならば、こんな時刻に立ち入ったりしないはずだった。


「いえ。あの者は最近、騎士団に入隊した者でございまして。城まで連れ帰れば自宅もわかりましょう」


 騎士団員の返答に、レオノーラは「へぇ〜!」っと目を輝かせた。


「中途入隊なんて珍しいね。よっぽど凄い腕利きなんじゃない?」


 レオノーラが驚くのも無理はない。王立騎士団の入団試験は3年に1度しか行われず、基本的に中途入隊は認められていないからだ。


 その例外が認められたのだから、きっと凄い実力の持ち主なのだろう。レオノーラは俄然、男に興味が湧いてきた。


「……お前、手合わせしてみたいとか思ってるんじゃないだろうな?」


(ぎくり)


 心中をピタリと言い当てられて目を泳がせるレオノーラに、カイルの剣呑な視線が向けられる。


「そ、そんなんじゃないってば。騎士団員は常に人手不足だからさ、戦力が増えるのはいいことだな〜って思っただけだって!」


 あたふたと言い繕うレオノーラに、カイルは「ふん」と鼻を鳴らした。


「それはどうだかな。ギルドからの推挙とは聞いているが、あのような賊程度にやられるようでは……、その実力とやらも怪しいものだな」


 カイルの手厳しい返答に、レオノーラは(おや?)と首を傾げた。


 貴族らしい、上から目線な態度が多少あるものの、公明正大をよしとするカイルにしては、珍しい物言いだった。


「あの…、レオノーラ様。先ほどの者が、是非ご挨拶をと申しておりますが……」


「えっ?」


 横に控えていた騎士団員がおずおずと言った様子で声をかけてきた。首を横に向けると、レオノーラから数歩ほど離れた場所に、片膝を付き頭を深く下げた姿勢で、かしずく男の姿があった。


「いやいやいや!具合悪いのに挨拶とかいいから!ねっ?」


 立って立ってと、レオノーラが促すように男の傍にかがみ込むと、柔らかそうな栗色の長髪の間から、伏せた目元が覗いた。


(………し)


「レオノーラ様にはお初にお目にかかります。わたくし王立騎士団、第八部隊に所属しております、アルフリード・シオンと申します」


(……し…おん?)


「この度は、未熟なわたくしの為に、レオノーラ様のお手を煩わせてしまい、真に申し訳ありませんでした」


 ―――これは夢だろうか?


 どんなに時を経ても、忘れることのなかった優しい響きの声を耳にして、レオノーラの手足はカタカタと小さく震えだした。


「お、おいっ、レオ。どうした?!」


 カイルが慌てて駆け寄るよりも早く、目の前の男が素早くレオノーラの両肩を支えた。


 レオノーラを映し込んだ瞳に、ひたと見つめられ、ガクンと膝が崩れ落ちた。


「レオノーラ様!もしや、どこかお怪我をなさったのでは?!」


 気遣わしげに見開かれた栗色の瞳に、すっと通った鼻筋。薄い唇の下にある小さなホクロの位置さえ、何一つ変わらない。


 レオノーラの目の前にいるのは、確かに、元・家庭教師、雪村(ゆきむら)紫苑(しおん)、その人の姿だった。


(しっ、紫苑さんっ!?っ……って、何で!?というか、どうしてこんなところにっっ!??)


 混乱の極地に陥ったレオノーラは、酸素を求める金魚のように口をパクパクとさせた。



「レ…、レオ!?」

「レオノーラ様!!」



 ポタ………、ポタタ…



「???……えっ?……あ、あれ?」


 驚きに目を見開いた二人の美丈夫が目にしたのは、


 ボタボタと鼻血を滴らせるレオノーラの姿だった。


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