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浮気な騎士と赤髪姫  作者: 白椿
3/8

東の森にて。



 確かに…、前世でのレオノーラはファンタジーの世界に憧れていた。


 特に、ドラゴンや旅の騎士、麗しの王子様が出てくる《赤い髪の魔騎士》という小説に…。


 しかし、それらはあくまでも憧れの《対象》であって、決して自らが《体現》したかったわけじゃない!


 ティリレイに転生して以来、何度となく繰り返してきた、レオノーラの心の声である。


 幼い頃は、日々、逞しくなっていく自分の姿を鏡で見るたびに、『せめて、本当の男に生まれたかった…』とか、『前世で何か悪いことをしてバチが当たったんだろうか…?』と悩んだものだが……。


 そこはそれ。元来ポジティブ思考のレオノーラは、男前な自分に順応するのも早かった。


 最初のきっかけは、レオノーラが三歳の時。


 あまりにも喜怒哀楽の乏しいレオノーラを心配した両親に、気分転換にと連れられて訪れた別邸で、生まれて初めての海を見た。前世でも実物を見たことはなかったので、正真正銘、初めての海だった。


 青い海!白い砂浜!輝く太陽!!


 あまりの興奮に、王妃の手を振り切り海岸へと走り出したレオノーラは、ふと…、自分の呼吸がまったく乱れていないことに気が付いた。


 前世では、走ることはおろか、普通の生活でさえ困難だったレオノーラにとって、雷に撃たれたような衝撃だった。


 試しにと、何度も海岸をダッシュをしてみたが、どんなに走ってみてもレオノーラの心臓が悲鳴をあげることはなかった。


「うふ…、うふふふふ……」


 その時、レオノーラはティリレイに生まれて初めての満面の笑顔を見せた。


 ダッシュしては笑うという娘の奇行は、両親を随分と心配させてしまったみたいだけれど……。


 その出来事を境に、レオノーラは少しづつ笑顔を見せるようになり、どんどん活発になった。


 更に、魔術使いとしての潜在能力が開花すると、嬉々として魔物や賊の討伐に向かうようになり、ますます両親を心配させるようになるのだが………。


 そんな頃には、『まぁ、これはこれで楽しいからいいか〜』なんて思うようになった。


 なんだかんだ言いつつも、現世での暮らしに順応しているレオノーラなのである。





*











 東の森へと続く丘陵の一本道。ポクポクと馬の足を進めながら、レオノーラは遠方に広がる景色に目をやった。


 陽が山の峰に近づき、ティリレイの城下をオレンジ色に照らしだす。直に深い宵闇に包まれることだろう。


 前世の世界とは違い、今のところ、この世界に電気という物は存在しない。灯りと言えば、ランプや蝋燭ぐらいのものなのだ。


 当然、自動車や電車なんて便利な物も無いので、陸地での移動手段と言えば必然的に馬か徒歩になる。


 もしかすると、魔法が使えることも化学が発展しづらい要因になっているのかもしれない。


 どうせ前世の記憶を持ったまま転生したんだったら、もっとティリレイを豊かにするような知識や技術があれば良かったのだが……。


 ……まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがない。


 幸いにも、体力と魔力だけは有り余るほど持ち合わせているのだ。せめて父王の治めるティリレイの為に、レオノーラは自分に出来る限りのことをしようと思っていた。






「ん…?」


 ザザッと木々の葉が鳴る音に混じり、微かな声が聞こえた気がして振り向いた。森の奥へと目を凝らしてみるも、茂みがサワサワと揺れるばかり…。しかし、頬を撫でる生暖かな風に、なんとも言えない胸騒ぎを感じる。


 レオノーラは軽く手綱を引き馬の足を止めると、呼吸を止め、ゆっくりと双眸を閉じるた。


 周囲の景色と音が遠退き、徐々に神経が研ぎ澄まされていく。水面に広がる波紋のように、探る範囲を広げていくと、闇の先に薄ぼんやり浮かび上がる小さな邪気を捕えた。


「……ロップス湖の近くか」


 ここから、少し北にあるロップス湖は、直線距離ならば大して遠くはないが、馬では随分と遠回りしなければならない。


「マロン、お前は此処で待っててね」


 そう言って、愛馬の首元をポンポンと軽く叩くと、鞍から、ひらりと飛び下りた。そのまま体勢を低くしスッと気配を消すと、薄暗い森の中へ跳ぶ様に駆け出した。


 かなりの広さがある東の森と云えども、小さい頃から通い慣れたレオノーラにとっては、自分の庭みたいなもの。貴重な薬草が自生する場所や、滝裏の秘密の洞窟は勿論……、危険な場所や賊が潜むような死角も熟知している。


 いくつかの崖道を下り、夕闇に包まれた獣道を抜けると、レオノーラはぴたりと足を止めて、頭上に張り出した太い木の枝へと目をやった。


(あれだけ太かったら、大丈夫だよね?)


 エイッとジャンプして太い枝へ手を掛けると、腕力と振り上げた足の反動を使い、くるりと枝上へ飛び乗った。


(……みーつけた)


 気付かれぬ様、外套で身を隠し、生い茂った枝葉の間から少し離れた下方を覗き込めば、案の定、倒れている男を取り囲む、三人の若い女の姿が目に入った。

 のぼり始めた月の光が、静かな湖面に反射し、その姿を淡く照らしだす。


 騎士団から聞いていた通りの容貌。肌も表わな踊り子風の衣装を身につけ、口元を透ける布で覆った妖艶な美女達。


 レオノーラは、(あれじゃあ騎士団の連中が油断するのも無理ないな…)と苦笑した。


 むさ苦しい男だらけの職場のせいか、騎士団の連中は女性に免疫のない者が多いのだ。賊達の姿を見てオロオロする姿が容易に想像できる……。


 しかし……、なんとも隙だらけな賊達だ。見張りも立てず、しかもこんな拓けた場所で事に及んでいるところを見ると、とても計画性があるとは思えない。余程の手練か、考えなしの小悪党のどちらかだろう。


 状況を確認し、(後者だな…)と判断したレオノーラは、木の幹を蹴り上げると、ザッと女達の背後に飛び降りた。


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