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浮気な騎士と赤髪姫  作者: 白椿
1/8

厩舎と両親と私。




 大陸の遥か西に位置する小国【ティリレイ】


 肥沃な大地と豊かな緑に恵まれたこの国は、近年は大きな争いごともなく、聡明な王のもと民は平和を謳歌していた。



 そんな王都の北部にある丘陵地。少し小高い場所に見えるのが、ティリレイの王城である。


 白く輝く王城は青空に映え、今日も荘厳なる佇まいで、城下を見守る様に鎮座していた。



 いつもと変わらぬ風景。


 いつもと変わらぬ王城。


―――そして城内では。


 いつもと変わらぬ、不毛な言い争いが繰り広げられていた……。




*











「……レオノーラよ、その様な格好をして何処へ行くつもりだ?」


「ちっ…父上…?!、どうしてこちらへ?」


 城の裏手にある厩舎。その入口を塞ぐ様に、一人の男が仁王立ちしていた。


 鋭い双眼は、射る様に馬上の人物へと向けられている。


 男の名はカタリナ・フォン・エドワード。名君と名高いティリレイの現王である。


 豊かな口髭には、ちらほらと白いものが混じりつつあったが、がっしりとした体躯から湧き立つオーラは、威厳と生命力に満ち溢れている。


 対して、馬上で気まずそうにしている人物の名は、カタリナ・フォン・レオノーラ。


 クセの強い深紅の剛毛を強引に皮紐で括り、青と白のコントラストが美しい騎士服を身につけている。


 煌めくサファイア色の瞳に男らしくキリリとした眉、制服の上からでも分かる鍛え上げられた身体は、父王に負けず劣らず生命力に満ち溢れている。


「気付いておらぬと思ったか?コソコソとしておるゆえ、何事かと後をつけてみれば……。まさか城外へ出るつもりではあるまいな!」


 ビリビリと響き渡る王の怒声に、厩舎内の馬達が騒ぎ出す。


「て、天気が良いので、ちょっと散策にでも…、と思いまして…」


「ほほぅ……、散策とな?それにしては随分と物騒な物をぶら下げておるようだが?」


 そう言ったエドワード王の視線の先。レオノーラの腰には、ずっしりと重そうな大剣が携えられている。しかも、頭から耐魔用の外套をすっぽりと被っているのだ……、散策というには無理がある格好だった。


「あー、実は〜…、東の森に賊が出没するとの噂を耳にしまして。ちょ〜っと見回りに…行こうかな……な〜んて…」


 レオノーラが歯切れ悪く呟くと、父王の額にピキピキと青筋が浮かんだ。


「何故そなたが見回りなどに出向かなければならぬのだ!!そんなものは騎士団の者達に任せておけば良いではないかっ!」


「ですから〜…、その騎士団では歯が立たぬ相手ゆえ、私が向かうのではないですか」


 レオノーラはいつものやり取りにうんざりしつつ、ため息を漏らした。


 最近、東の森に出没するという賊は、強力な幻惑術を使い、山道を通る商人や旅の者を襲っては、金品を巻き上げてるのだと云う。


 選りすぐりの魔術使いを集めた王立騎士団でさえ、苦戦を強いられ、多くの負傷者を出しているのだ。ティリレイきっての魔力の持ち主と言われるレオノーラが討伐に向かうのは、必然のことと言えた。


「そ…それでは、せめて護衛をつけてはどうだ?そうだ!そうするがよいぞ!」


 名案だと言わんばかりの父王に、レオノーラの口から「はは…は…」と渇いた笑いがもれる。


 天下の賢王も自らの子の前では、只の親バカになってしまうものなのか…。自分の発言の愚かさに全く気付く様子はない。


「討伐に向かうのに護衛などつける馬鹿がいますか…。それこそ本末転倒ではないですか……」


 これ見よがしに長嘆するレオノーラにめげることなく、父王は唸るようにお決まりの台詞を口にした。


「そうは言っても、そなたは女なのだぞ!たった一人の大事な姫なのだ!」






―――そう。





 180センチを悠にこえる長身に、鍛えられた体躯であっても。


 胸も尻もペタンコで、くびれなど全く見当たらない腹部が大きく六つに割れていようとも。


 大剣を振り回し、魔物を相手に血みどろの戦いを繰り広げようとも。


 レオノーラは正真正銘、れっきとした女性…、ティリレイ国のプリンセスなのだった。





「…うぅ……ぅ…うぅ……」



「!」


 突如、厩舎の外から聞こえてきた哀しげな啜り泣きに、レオノーラの身体がギクリと強張る。


 父王の背後に見え隠れする金の巻毛が視界に入り、ため息とともに片手で顔を覆った。


「母上まで……。この様な場所に何用ですか?」


 母上と呼ばれた女性は、ハンカチで目元を拭いつつ、レオノーラへ恨みがましい視線を向ける。


「何用ですか?ですって…?レオノーラ……、貴方は母との約束をお忘れになったと言うのですか?」


 消え入りそうな声で、シクシクと泣き崩れる女性。名をカタリナ・フォン・シルフィーヌという。


 淡い金の巻き髪に、透ける様な白い肌。少女のような幼い顔立ちは、見る者の庇護欲をそそる。


 ……そんな儚げな容姿に騙されてはいけない。


 夫であるエドワード王に嫁ぐ以前。市井の平凡な商家に一人娘として生まれた彼女は、生まれ持った商才と美貌を武器に、僅か数年で実家をティリレイきっての豪商へとのし上げたのだという……。底抜けのバイタリティーと人身掌握術の持ち主なのだ。


 勿論、目元を拭うハンカチが、ちっとも濡れてなどいないことをレオノーラは知っている。


 基本的には過保護が過ぎるだけで、レオノーラに激甘な父王よりも、一筋縄でいかないのが、この母なのだ。……過保護な上に、独善的なのだから。


 更に面倒くさいことになったと、レオノーラの口から噛み殺せないため息が漏れた。 それでも、なるべく低姿勢に、


「……何かお約束したでしょうか?さっぱり憶えがないのですが…」と、笑顔で聞き返したレオノーラに、王妃の目がクワッと見開かれた。


「午後から、今度の夜会で着るドレスを仕立てると、母と約束したではないですか!!」


 そのことか、と思いながらレオノーラは答えた。



「ドレスの件でしたら何度もお断りしているはずで……」と言い掛けると、


「何と!その様な約束をしておったのか。レオノーラ!一度交わした約束は必ず守らねばならぬと、常日頃から言っておろう!」


 レオノーラの声を掻き消す様に、妻至上主義の父王が母上の尻馬に乗ってきた。


(……やっぱりか)


 こうなるとレオノーラに打つ手はない。両親による怒号と泣き落としの波状攻撃がエンドレスに続くのだ。


 ガックリとうなだれたレオノーラに、愛馬のマロンが心配気な顔を向ける。優しげな瞳に苦笑を返すと、艶やかな首元をポンポンと軽く叩いた。


 いつもならば適当に相手をして、やり過ごしているところだが今はそんな悠長なことをしている時間は無い。レオノーラは切り崩しを図るべく父王へと顔を向けた。


「…どうやら、父上はこの間の惨劇を既にお忘れになった様ですね?まだ一月も経っておりませんのに…」


 レオノーラは「嘆かわしいことです…」と悲しげに首を振り、チラリと父王を見やった。


 途端、スッと顔色を悪くした父王は、「あ…あぁ…」としどろもどろになった。


 そう、『あの惨劇』が起きたのは、今から一月ほど前のこと…。母の懇願に根負けしたレオノーラは、国一番と評判の仕立て屋を呼び、ドレスを数着仕立てたのだ。


 嬉々として張り切る母上主導のもと、採寸、生地選び、仮縫い…、と進むにつれて、仕立て屋の顔から、みるみるうちに生気が抜け落ちていった……。


 (お気の毒に……)と思いつつも、試着疲れでフラフラ状態のレオノーラに、母上を止める気力は残っていなかった。


 ピンクのサテンや、フリフリのレースが舞い踊るのを、只々、ぼんやりと眺めているばかりだった。






 そして、数ヶ月後…。



 仕上がったドレスを身につけたレオノーラは―――爆笑した。


 どこからどう見ても、女装にしか見えなかったからだ。


 例えるなら、超合金ロボに無理矢理〇〇ちゃん人形のドレスを着せた様な、強烈なインパクト…。


 仕上げとばかり、頭にちょこんと乗せられたティアラがとどめを刺した…。


 ゲラゲラと腹を抱えてレオノーラが爆笑すると、盛り上がった筋肉でドレスの背中や肩が破れ、パァァーーンッ!!と盛大に弾け飛んだ。


「くっ…!くるしっ……!はっ、あははははっっ!!」


 涙を流して笑い転げるレオノーラに、父王は頭を抱えフラフラと玉座に倒れこみ、母は泣き崩れ、使用人達は貝になった……。


 仕立て屋に至っては顔面蒼白になり泡を吹いて昏倒……。その後、逃げる様に店を畳み行方知れずになってしまったという……。


 あの様な惨劇を再び繰り返せというのだろうか。


「……う、うぅ〜〜〜むむむ……」


 レオノーラの言葉に、忘れ去りたい悪夢が甦ったのか、父王が不気味なうなり声を上げる。


「…うぅ…う…うぅ……」


 状況が悪くなったのを察したのだろう。また、王妃の泣き落とし攻撃が始まった。


「うぅ…、レオノーラがこの様な姿になったのは、きっと…きっと私のせいなのですわ!全て私が悪いのです!」


「そ、その様な筈はない!レオノーラはどう見ても我に瓜二つではないか!悪いとしたら我のせいだ!」


 厩舎の門にしがみつき泣き崩れる母上を、父王があたふたと慰める…。


 何だか凄く失礼なことを言われている気がするが……。まぁ、いいだろう。


 レオノーラは、この隙を逃すものかと、すかさず愛馬の脇腹を蹴り上げた。


 ヒヒーン!といういななきと共に、レオノーラを乗せた駿馬は躍り出る様に二人の横を駆け抜けて出た。


「ま、待てっ!レオノーラーーッッ!まだ話は終わっておらんぞ〜〜ッ!!」


「レオノーラーーーッ!!戻りなさーーーいっっ!」

 厩舎から駆け出してきた2人が両手を振り上げ、レオノーラに向かって大声で喚き散らす。


「急いでるんで〜〜。お小言はまた後で聞きまぁぁ〜〜〜す!」


 レオノーラは、片手で手綱を操りながら、「行ってきま〜〜す!」と二人に向けて大きく手を振った。


「!……っ!!……」


 背後へと遠ざかる父母の怒声に、レオノーラの口から小さな苦笑が漏れる。



 《前世》の両親と、こうも違うものか―――と。


 それは、嬉しいような悲しいような……、複雑な感情が入り混じった表情に見えた。



 そう。誰にも打ち明けたことはないが……。


 レオノーラは前世の記憶を持って生まれてきた人間なのだった。


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