表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

球根のおはなし

作者: 徒耀子

 むかしむかし、一つの球根がありました。

 初めて目を覚ましたのは、あたたかな土の中です。

 となりには、自分とそっくり同じ姿の球根が、いくつも埋まっていました。ときどき、おしゃべりの声が聞こえました。土の中は、とても気持ちがよくて、ぼんやりしたり、うとうとして過ごすのにピッタリでした。

 頭のてっぺんが、じんわり、じりじりとあったかくなる日が続いたある日のこと、

「春だ。春だぞ」

「よおし、芽を出すぞ」

 なんだか、おまつり騒ぎです。

 球根は、はて何かしら、と思って、聞き耳をたてました。

「よおし、ぐんぐん」

「もっと、ぐんぐん」

「ぐんぐんぐん」

 これまで静かだった土の中が、かけ声でゆれるようでした。やがて、球根もいっしょになって、「ぐんぐん」と声を張りあげました。

「わあい、出た出た」

 数日後、うれしそうな声があがりました。まだ土の中にいる仲間たちは、いっせいに聞きました。

「外はどう?」

「光がいっぱいで気持ちがいいよ。風も吹いている」

 その答えで、みんなは、いっそうやる気を出しました。

 土の中は、大合唱で満たされます。

 光だ 風だ 会いに行くぞ ぐんぐんぐん

 球根も、根っこをちょろちょろ踊らせながら、歌いました。

 歌声が、一つ、また一つと減っていきます。土の中は、前のように静かになっていきます。

 とうとう、球根が一人だけになってしまいました。

 それでも「ぐんぐん」と唄っていると、上から声が振ってきました。

「君は、まだ出てこられないの。ちょっと遅すぎるよ」

「もうすぐだと思うんですけど。他の仲間は、どんな様子ですか?」

「順調順調。もう、つぼみがふくらんでいるのも、いる」

「つぼみ? それは、何ですか?」

 球根は、つぼみを、花というものを、知りませんでした。

「眠っている花びらが起きると、花が咲くんだよ。ぼくたちは、とてもたくさんいるから、このあたり全部、ぼくたちの花でいっぱいになるだろうね」

 なんだか、すてきそうです。球根は、わくわくしてきました。

「わたしのつぼみは白」

「わたしは黄色」

「わたしは赤」

 口々に自慢げな声がしました。

「さあ、君も急いでね。みんなで咲いたほうがきれいだから」

「はい!」

 球根は、はりきって答えました。

 やがて数日後、上のほうで、わあっと楽しげな声があがりました。

 仲間たちの花が咲いたのです。

 コーラスが聞こえます。

 けれども、球根は、まだ土の中。一面の花畑を、ほんのちょっとも、見られませんでした。

 土に水気がなくなって、熱がこもるようになりました。じりじり暑くて、蒸し焼きにされているみたいです。球根は息苦しくて、イライラしていました。そのとき、近くに伸びる、細い根っこに気づきました。

 仲間がまだいたのかしら。自分と同じように、春に咲かなかった球根が。

 球根はうれしくなって、どきどきしながら声をかけました。

「こんにちは!」

「こんにちは」

 小さな声でした。

「君は、春に咲かなかったんだね」

「ここにも来たばかりなんです。外の様子もまだわからなくて。外って、どんなところでしょうか?」

 小さな声の主は、種でした。

 球根は、仲間から聞いたことを話しました。

「とてもいいところらしいよ」

 二人は仲良くなり、ずうっとおしゃべりしていました。

 ある日のこと、球根が起きると、種が興奮して言いました。

「外へ出ました。とても暑いです。火の玉がジリジリ照らしています。でも、とてもいいです。ぼくは好きだなあ」

 球根の頭からは、芽の出る気配はありません。

 球根は、また置いていかれるのかと、さみしくなり、やがてイライラしはじめました。

 種は、毎日せっせと報告してくれます。

「つるが伸びます。もっと高いところから見えます」

「ふうん。そうかい」

 種はぐんぐんすくすく伸びていったようで、やがて声が聞こえなくなりました。球根は、また独りぼっちになりました。

 土の中はまた居心地良くなりました。秋が来たのです。

 球根はふいにさみしくなって、しくしく泣いていると、

「どうかしました?」

 とたずねる声がしました。

「君はだれ?」

「わたしは落ち葉です。枝から落ちたんです」

 球根は、独りぼっちなのだと話しました。

「わたしのほうが独りぼっちですよ。兄弟とは別れてしまいました。もう会えることもないでしょう」

 落ち葉は、球根をなぐさめてくれました。

「さあ、もう泣くのはやめて」

 落ち葉に、ギュッと抱きしめられると、とてもあたたかでした。

 だんだん寒くなっていきました。球根と落ち葉は、寄り添って眠りました。

 落ち葉に話しかけても、返事がなくなりました。落ち葉は、土の中にとけていたのです。

 球根は、頭のてっぺんがムズムズしてきました。

 ついに眼が出たのです。

「わあいわあい」

 けれども、外の世界は、寒くて、誰もいません。

 空は灰色で、太陽は見えません。木は丸裸、葉っぱが一枚もありません。

 球根は、さみしくなりました。

「やっと外へ出られたのに。独りぼっちだ」

 冷え込みはひどくなるばかり。

 球根は、ぐんぐん、と春に口ずさんでいた歌をもう一度、歌い始めました。

 すくすくと茎が伸びて、やがて、頭に白いつぼみができました。

 ぱっと花が咲いた日、球根は泣きそうになりました。

 空からふわふわと白いかけらが落ちてきました。

「やあ兄弟」

 雪は冷たく、球根のまわりに降り積もります。けれども、球根はうれしくて、もっともっと、と歌いました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ