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後編

 皆、一体何処から情報を仕入れてくるのだろう……と、誰もが思ってしまうほど、季節外れの模擬試合を見るため、競技場は人でごった返していた。

「暇ね~。みんな」

「お前もな」

 訓練生のタチバナ 沙保サホ草薙クサナギ 大和ヤマトは、持参したポップコーン(キャラメル味)と、ポテチ(コンソメ味)片手に、競技場の観覧席に座った。まるで映画館に入るカップルのような出で立ちだが、目の前に広がるのは巨大なスクリーンではなく、だだっ広い戦闘フィールドである。

 目の前は何もないように見えるが、当然、安全の事は考えられており、試合開始と同時に電磁シールドが展開されるようになっている。

「おまたせ~。結構人いるわねぇ」

 沙保と大和に模擬試合の情報を伝えた張本人、山登ヤマト 鏡子キョーコは、身分証の入ったカードケースを振り回しながら、鼻歌まじりにやってきた。

 ちなみにこの三人、通称草薙組といい、同じチームに所属するパイロット、メカニック、オペレータである。

 実力は折り紙付きなのだが、問題児トリオとして、同期はもちろん、他学年にもかなり有名であった。

「それにしても……同じ敷地内とはいえ、『天十握』が見れるチャンスなんて滅多にないのに、一体全体どうしたのかしら」

「しかも、デモンストレーションじゃなくて、模擬試合だぜ」

「発表前の新機種って、特Aレベルの情報規制ひかれるのに、今回は全然、そんな事無かったしねぇ」

 ちなみに、テストパイロットの瑠衣が、陽と別れた後に怒りに任せて怒鳴りまくり、その内容が口コミで広がったという経緯があった事を、この三人は知らない。

 かくして、電磁シールド展開を知らせるアラームが鳴り響き、純白の最新機と、久しく見なくなった、赤い古参の機体が、ゆっくりとフィールド内を歩いて向き合う。

 男の声が競技場内に響いた。

『レディース・アーンド・ジェントルメーン』

「な……なんだぁ?」

「……いつもと違うわね」

 学校とはいえ、軍の施設である。普通は見物人の事など見向きもしないのだが、姿なきパフォーマ-はまるで観客に挨舞台挨拶をするかのように、軽快に喋り続けた。

『ちなみに実況は、私、本日転属してきました、歌うオペレーター、プーシャ……』

『バカヤローッ! マイクとPBDの内臓スピーカー出力最大にするヤツがおるかぃッ! 通信丸聞こえじゃねーかッ!』

「あ……ヨウだ」

 沙保が聞きなれた声に反応する。その聞きなれた怒声は、なおも続けて怒鳴った。

『つーか、なんだよその『歌うオペレーター』って。てか音下げろッ。コックピッド内にガンガン響いて、頭が割れるッ!』

『オレの美声をきけー』

『じゃかあしぃッ!』

「……やるわね」

 鏡子がぐっと、拳を握る。これは……。

「強力なライバル出現ね。オペレーターとして」

「そうか? そうなのか? ほんッとーに、そう思うか???」

 大和が頭を抱えながら鏡子に問う。先日、試験中に無駄口たたきまくり、怒られたばかりだというのに、まったくこたえてないらしい。

『ったく、五月蝿いわね。やる気あるの?』

 どうやら、『天十握』のほうも、しびれをきらしたのか、ボリュームをあげたようだ。瑠衣の冷ややかな声があたりに響く。

『お。あっちは女の子! パイロット? それともオペレーター?』

『両方ともだ』

 陽の言葉に、フフンと、プーシャンは不敵に笑う。

『いいねぇいいねぇ。ほな、どう? これ終わったらお茶でも』

『な……ッ』

『だまれー! このアホぷーめ』

 思わぬ展開に瑠衣絶句。陽もキレて叫んだ。

 模擬試合だという事も忘れて、あたりは騒然。そして大爆笑の嵐である。

 そんな中、沙保がなにか納得したように、ポンッと手を打った。

「あぁ、どっかで聞いた事ある声かと思ったら、『蝉丸』のオペレーター、プーシャンだ」

「知り合いか?」

 大和の問いに、沙保はうんとうなずく。

「昔ナナメ向かいに住んでたお兄ちゃん。ほら、プリティビーおばちゃんちの」

「あぁ、放蕩三男坊」

 ……事実ではあるが、ひどい言われようである。

「でもまぁ、どんなにキャラが面白くとも、負け確実ね。アレじゃ」

 鏡子はジト目で、その赤の機体を見つめた。素人目から見ても一応、カスタムアップはされている事がわかるが、なんにせよ……。

「スペック違い過ぎるし」

 結局はそこである。しかし。

「さぁ。どうでしょう。勝敗はやってみないとわからないモンよ? パイロットがヨウなら、なおさらね」

 沙保が、まるで自分の事のように微笑んで言った。



「……すげぇ。やるじゃねーか。『蝉丸』パイロット」

 大和の言葉に、沙保はフフンと笑う。

「私もちょっと予想以上でびっくりしたけど、すごいでしょ」

 動き……性能の面から見ると、やはり『天十握』の方が上ではあるが、『蝉丸』は予想以上の奮闘ぶりである。

 沙保曰く、知識の量であるなら、パイロットよりメカニックの方が上。機体の事を熟知しているから、得意分野と苦手分野……つまり、できる事とできない事を、しっかり把握できている。……との事。

「それに……そこを言うなら、『天十握』もヨウの機体だしね。あっちの弱点も熟知してるはずだわ。決して突っ込まず、自分の動ける範囲内で、相手の弱点を確実に突いている。スペックの差はそれだけで十分、埋まってるはずよ」

「たしかに……って、それってパイロットいらねーって事じゃねーか?」

 微妙に自分の存在意義を否定されたような気がして、大和が沙保に問う。

「そんな事はないわ。パイロットやるには、人並み以上の上くらいは体力がいるし、三半規管も強くなくちゃね。それに比べて、メカニック自体、体力はそんなにいらないの。整備はサブに任せて、デザイナーの仕事だけするメカニックもいるし」

「あんたは体力づくり、よくしてるわね」

「私、サブとはいえ、自分の機体を他人にいじくられるのって、好きじゃないの」

 あぁ、なるほど。と、大和と鏡子は納得した。いくら大和が『村雨丸』を大破させても、サブメカニックを数人ヘルパーとして呼ぶだけで、彼女が一番よく動いている。

 そのぶん、「忙しいッ!」だの「大馬鹿者ッ!」だの、あとから散々文句言われる事になるのだが。

 実は試験直後のこの時期、一番忙しいのは彼女のハズである。

「サホ、そういえば『村雨丸』のメンテは?」

「終わったわよ」

 行動力があるのも彼女の強みだと、大和は思う。



「索敵エリア、頭上範囲広げてくれ」

 了解ッ!陽の指示に、プーシャンは司令塔のキーボードをたたく。

『天十握』の数世代前から、PBDには飛行ユニットが搭載されるようになっている。しかし、対する『蝉丸』には飛行ユニットは搭載されておらず、姿勢制御用のバーニアと、バランサーユニットを駆使した十数メートルのジャンプが限界である。

「よっと……」

 陽は『天十握』のライフル(模擬戦闘の規定に合わせたペイント弾である。が、結構衝撃強いので、下手にあたるとぶっ壊れる事もある)を軽々かわしたあと、巨大な薙刀を握り直す。

「ルイちゃんのお得意は接近戦。軽い軽い……と言いたいところなんだけど、実はこっちも遠距離武器、ないんだよねぇ」

「なんや、間抜けやなぁ」

「うっせぃ」

 プーシャンの言葉に、陽は即刻言い返す。まだ結構余裕そうだ。

 ちなみに、試合開始と同時に、スピーカー音は通常に戻してある。機体同士の通信機のスイッチも、現在はオフにしてあるので、幸か不幸か、パイロットとオペレーター……つまりは陽とプーシャン以外、この会話を聞いているものはいない。

 加えて言うなら、現在使用しているのは、一般的に使用される、映像付きの通信である。

「どうすんねん。相手、浮いとるっちゅーに」

 ジト目でプーシャンが睨んだ。先にも述べた通り、『蝉丸』には飛行能力はない。『蝉丸』のメインウェポンは射程外であるし、有効な攻撃手段は皆無と言っても過言ではない。

 しかし、陽はいたって余裕な表情を浮かべている。

「ぷー。ベアリング弾、撃ってきたら教えてくれ」

「はぁ?」

「いいから。その間、オレはひたすら逃げるッ!」

 何ーぃッ! プーシャンが叫ぶ。そうこう言ってるうちに、もう一発、ぺイント弾が発射、陽はギリギリで避けた。

 陽は、最小限の動きで、『天十握』の攻撃を、避け続けた。

「……ルイちゃんも、無駄な動きがもうちょっと少なきゃ、最高なんだけどねぇ」

「そうか? あのねーちゃんも、なかなかええ腕、しとると思うがなぁ」

「お、嬉しい事言ってくれるねぇ」

 陽の表情が、思わずほころぶ。

「……わかんねぇ」

「……何が?」

 対戦相手を誉めたのに、なんで陽がよろこぶんだ……と、プーシャンは思ったが、レーダーに映る識別信号を見て、思わず叫んだ。

「来た! ベアリング弾!」

「っしゃー!」

 陽は薙刀をの柄を長めに持ち、そしてある独特の身構え方をする。

「ちょ……おま、そ……それ無理、絶対無理……」

「いっけぇッ! ホームランッ!!!」

 陽は、薙刀をバットのごとく、振り回した。



「うわッ!!!」

 大和は思わず目を瞑った。バシィッと、電磁シールドがものをはじく、独特の音と閃光があたりを包む。

「な……なんだぁ」

「あ……あれは……。二十一世紀はじめにメジャーで活躍した、ゴジ●マツイの打撃フォーム……。あのモーションをPBDに組み込むなんて……ヨウ、なかなかやるわねッ」

 そ……そうなんだ……。大和は隣でぐっと手に力を入れるメカニックに、一応問う。

「ねぇ、真似して『村雨丸』にアレ、入れようとは思ってないよね?」

「真似? そんなもの、しても面白くないじゃない」

 ほっと、大和は胸を撫で下ろした。

 ……しかし。

「あっちがゴ●ラなら、こっちはイチ●ーで勝負よッ!」

「似たよ-なモンじゃねーかッ!」

 びしィッ! 大和のツッコミチョップが、沙保の頭上に炸裂した。



「……ちぃ、ファールフライか」

 沈黙するプーシャンをよそに、陽は軽く舌打ちした。

「……どした? あまりの事に感動したか?」

「アホッ! 呆れとんやッ!」

 プーシャンが、コックピット内のスピーカーの音量をマックスにして怒鳴った。とりあえず外部出力用はきっているので外に音が漏れる事なはいが、コックピット内では音が反響しまくり、陽の耳がキーンとする。

 と、突然外部からの通信が入った事を知らせるアラームがなった。陽がスイッチを押すと、とたんに全天モニターの一画に瑠衣の顔が映され、瑠衣の怒声が響く。

「この、非常識男ッ! 撃った弾を打ち返すヤツが、一体全体何処にいるッ!」

「ここにいる」

「だから、それが非常識だって言っておるのだッ!」

「このドあほうッ!」

 ステレオで怒鳴られ、思わず陽は耳を押さえた。もう、模擬戦闘どころではない。

 と、突然、今まで聞いた事がないアラームが、競技場……いや、PBD内と施設一体に鳴り響いた。

「な……? これは……」

「非常警報? ……なんや。一体全体」

「ぐぉぉぉ。ぷー、どうでもいいから音下げろ。鼓膜破れる、頭割れるッ」

 基本的な受信音が大きいため、ただでさえ五月蝿い非常警報が、『蝉丸』コックピット内で、殺人音のように響き渡り、陽、悶絶。

 さすがにコレはキツいと思ったのか、プーシャンは音量を通常に戻した。

「ぷー、何が起きた」

「解析中……。でた。『数十機の所属不明機がこちらに接近中。至急持ち場に戻り、PBDパイロットはただちに出撃せよ。なお、訓練生は出撃準備が整い次第、待機せよ』……だそうだ」

「ふん。準備運動も終わった事だし、丁度いい」

 瑠衣は不敵に笑う。

「通常武器の場所は?」

「いつもの所……第三保管庫。オレは一足先に行ってるぞ!」

『はぁ?』

 陽の言葉に、思わず瑠衣とプーシャンの声がだぶった。

「貴様、一体何を……」

「出れるモンはできるだけ多いほうがいいだろ。こういう場合。特に、この時期じゃな」

『う……』

 二人の声がだぶる。

 ああは言っていたが、試験が終わったばかりの現在では、訓練生のPBDはほぼ、期待できないだろう。事前に仕入れた陽の情報と、試験の結果、専属メカニックの手腕から推測すると、まともに稼動できるのは、多くて三、四組だ。

 瑠衣はしばらく言葉につまっていたが、咳払いを一つすると、

「……いいか。貴様の本業は、あくまでこの『天十握』のメカニックだ。……無茶はするな」

「了解。……っつ-ワケで、引き続きエスコートよろしく」

 へいへい……。呆れ半分、諦め半分のプーシャンの声が、溜め息とともにスピーカーから流れた。



「うっへぇ。結構いるじゃねーか」

 青い空を見上げ、陽は溜め息をはいた。水平線の遥か彼方、ぽつぽつぽつ……と、黒い機影が次第に大きくなってゆく。

 ちなみに、他の極東支部所属機は、次々と飛び上がって、所属不明機の方へ向かってゆく。

「照合結果。アンノウン十四」

「アンノウン?」

 プーシャンの言葉に、陽はいぶかしげに問う。

「わかんねーのか?」

「レーダー見た限りじゃな。どっかの最新型かもしれへん」

「最新型って……それじゃぁ、連合軍のどこかの支部か?」

 現在、PBD開発は、連合軍の一部の機関、施設のみで開発されている。旧式を一般企業に払い下げたりはしているが、最新型をいきなり譲り渡すとは考えにくい。

「そうかもしれへんし、あるいは……」

 プーシャンが口を開いたと同時に、通信が入った。コードは、一般緊急通信。

『……ます。……けてくださいッ』

 この回線は雑音が多い……と、陽は舌打ちした。ただ、声の調子からして、かなり若い……少年のものであると思われる。

「ぷー、少しチューニングしてくれ」

「おっけ」

 なおも、少年は叫ぶ。かなり切羽詰まっているようで、どうやら攻撃を受けているらしい。

 突然、急に雑音が綺麗さっぱり無くなった。どうやらプーシャンが、ベストヒットポイントを見つけたらしい。

『こちらは、連合軍東南アジア支部の技術開発系関係者のコウ=ホムラベ他二名。所属不明機に攻撃をうけてます、助けて下さいッ!』

「なッ!」

「ウソやろッ!」

 クリアになった音声を聞き、思わず陽とプーシャンはあんぐりと口を開けた。

「ぷー、回線ッ! 東南アジア支部のコードッ! 覚えてるか?」

「ばっちりや。ちょい待ちぃ」

 しばらくチューニングをする音が響き、再び先ほどと同じ声がきこえる。

 そして画面に、見覚えのある少年の顔が表示された。

「おい、コウ! コウだな! 聞こえるか?」

「あ……」

 叫んでいた少年が、一瞬、息を呑んだ。

「オレだ。ヨウだよヨウ。兄貴の顔も忘れたかッ!」

「兄さん! ほ……ホントに?」

 陽の声に、少年……煌は安堵し、泣きそうな声をあげた。しかし、その後ろから、見覚えのある少女の顔がぬっと現れ、陽は一瞬、顔が引きつる。

「ヨウですって?」

「……ウシャスか。……つーことは、残りの一人はスーリヤだな」

「御名答」

 通信用のモニターがもう一つ開き、少年の顔がぬっと現れた。と同時に、プーシャンが操作したのか、全天型のモニターの一部に、一番前を飛ぶ機体が拡大して表示された。

 胴のあたりが大きく造られている事や、コックピット内に通信用のカメラが二つある事から、どうやら複座型のようである。

「なんでお前らがおるんやッ! つーか、その機体、開発中のサルンガやないかッ。事情説明せいッ!」

 プーシャンが通信に割り込んできた。突然の声に、ウシャスとスーリヤの二人が『ゲッ!』と、短く叫ぶ。

「ぷーお兄ちゃんだ……」

「……そういえば、極東支部に転属したって言ってたな。ヴィシー兄ぃが」

「そんな事より、助けて下さいぃ~」

 半分涙声で煌が叫び、一同、我にかえった。

「コウ、落ち着け。基地の方に、赤い『蝉丸』が見えるか?」

「え……えぇ。珍しいですね。今どき『蝉丸』なんて」

 ぐぅ……実の弟にまで珍品扱いされ、陽は言葉につまる。

「……悪かったな。時代遅れで。とにかく、余計な反撃はするな。避けて、オレのトコまで来る事だけを考えろ。援護してやるから」

「え? その『蝉丸』……兄さんが……乗ってるんですか?」

 再び不安そうな声をあげる弟に、陽は思わず拳に力を込める。

「そーだよ。文句あるか? っつーか飛べねーんだから、援護してほしけりゃさっさとこっちこいッ」

 あとで殴っちゃる……。という言葉を飲み込んだ事はさておき。

 後方から、『天十握』をはじめ、訓練生のものと思われる二機のPBDが、格納庫から出てきた。『村正ムラマサ』と『村雨丸ムラサメマル』。試験のトーナメントで最終決戦でぶつかり、ともに不正が発覚して失格となった機体だ。

「遅くなった」

 瑠衣が、律儀にも通信を入れてくる。

 飛び上がる彼女の機体を見上げながら、陽は現状を報告する。

「あの、一番前飛んでる若草色の機体、援護してやってくれ。機体通称名は、プーシャン曰く『サルンガ』で、所属は東南アジア支部。識別コードがないのは、出来上がったばかりの最新型だからだと思われる。乗ってるのはコウ=ホムラベ、ウシャス=エンナ、スーリヤ=エンナの計三名。ウチの弟とその友人だ」

「何?」

 瑠衣が、いぶかしげな表情を浮かべる。

「詳しい事は不明。どうやら後ろの完璧所属不明十三機は、『サルンガ』追っかけてきたみたい」

「……何やら腑に落ちないところがあるが……了解した。援護する」

『天十握』に続き、『村正』が空に飛び上がった。

「あ、もしもーし。ヨウさーん。きこえますかー」

 どうやら、『村雨丸』のパイロットからのようだ。通信のスイッチを入れると、色白で金髪碧眼の、美しい少年の顔が、モニターに映る。

「えーと、訓練生のクサナギです。すみません、オレ、ヨウさんの事はサホからよく聞いてるんですけど、階級知らないんで……」

 そうだった。あの『村雨丸』メカニックは、昔向かいに住んでた橘沙保だった……と言う事を、今さらながら陽は思い出した。

「少尉だよ。……まぁ、別にその呼び方でも、サホちゃんの友達なら気にしないけどね」

「では、プライベートではそう呼ばせて頂きます。……ホムラベ少尉、キョウゴク少尉から、コレ、あずかってます」

 手渡されたのは、長距離ライフルだった。機種別関係なく扱えるPBDの共通武器で、旧式の『蝉丸』でも、使用できる数少ない長距離武器である。

「ルイちゃんから?」

「はい。あと、サホから伝言。「なかなかやるわね。負けないんだからッ!」……との事です」

 ははは……陽は苦笑を浮かべた。二人とも、なんだかんだいって素直なんだから。

「君、なかなか苦労人だね」

「やっぱ、そう思います?」

 はぁ……と、大和は溜め息をはいた。

「それじゃぁ。オレはこれで」

『村雨丸』は簡単に敬礼すると、『天十握』と『村正』の後を追うように、飛び上がった。

「ふむ……サホちゃんもなかなか、芸が細かいな」

「おい、サホちゃん……って、タチバナさんトコのサホちゃんか?」

 あぁ。と、陽はうなずく。プーシャンは、げげげ……と、顔を引きつらせた。

「あの子も、ここにおるんかいな。シャスもおる事やし……しばらく騒々しくなるわな、こりゃ」

「………………そうだな」

 陽とプーシャンはお互いに顔を見合わせ、そして溜め息を吐いた。



 東南アジア支部製最新PBD『サルンガ』を追ってきたこの所属不明機の到来が、後に極東支部……いや、連合軍全体を苦しめる戦いの序章になろうとは、この時、まだ誰も思ってもいなかった。

 が、とりあえず二人のテンションが、一気に下がったと言う事は、言うまでもない。

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