些細なことで
その日少年は、いつものように村の広場で本を読んでいた。
その本は、昨晩、とある古物商から手に入れたものであった。
明らかに怪しい古物商であったが、この村の資料としてとても興味深そうなものばかり置いてあったので、思わず買ってしまったというわけだ。
隣にいるのは、いつものあの少女。少年が本を読んでいるとき、少女は、邪魔をしないようにおとなしくしている。それでも少女は楽しいようで、にこにこしながら少年の横に座っている。
これが、少年の日常になりつつある風景だった。
少年が読んでいる本。それは、この地方に広く伝わっている『悪魔』についての文献だった。
色々な土地の宗教を知る上で、この本はとても興味深いものであった。
「おや、旅人さん。また読書ですかな?」
ふいに少年に話しかける、しわがれた声。それは、広場へと散歩に来ていた、一人の老人のものであった。
「旅人さん。いつもこの子と遊んでくれてありがとよ」
老人は、感謝の言葉を旅人に告げる。
その言い方からして、ひとつの疑問を抱える少年。
「もしかしてこの子は、あなたのお孫さんなのですか?」
そう聞いてみた。しかし、その少年の予測は大きく外れていた。
「ふぉっふぉっふぉ。残念じゃが違うよ。
しかし、村の子はみんなわしの孫だと思っておる。それは確かじゃ」
老人は、優しそうな目でそう語る。
「はは、そうですか。賑やかで楽しそうですね」
少年と老人は、そういう、あたりさわりのない和やかな会話をしていた。
「ところで旅人さんは、どんな本を読んでいらっしゃるのかな?」
老人の問い。それが、全ての始まりだった。
「ああ、これは……。この土地の宗教を学びたくて、読んでいるものなんです」
「ふむ、どれどれ……」
老人は、少年の知りたいことについてもっと詳しく教えるつもりで、その本を覗きこんだ。
老人の目が、大きく見開かれた。
そして、しばらくの空白―――
空気が、ガラリと変わった。
少年は何故か、胸騒ぎを感じる。
「…………」
老人の顔が、みるみる青ざめていく。
ただごとではない雰囲気。その場が凍りついた。
「旅人さん。これを……どこで見つけたのかな?」
やっと、それだけを発した老人。
明らかに様子がおかしい。
正直に答えなければならない気がした。
「えっと……。村の東側にある、『古物商ペリル』という店、です、けど……」
少年は、昨晩訪れた、怪しい店の名前を言う。
やはり、関わってはいけない店だったのだと、そのときになって気付く。
「『古物商ペリル』……?
……ああ、あそこは確か、数年前から流れ着いている盗賊どもの店じゃ……」
盗賊の店。その事実に、慌てる少年。
「え!?そ、それは知らなかったです!
これは、盗まれた本ということですか!?だったらすぐに返し――――」
「旅人さん、ここでしばらく待っていなさい」
老人は、少年の言葉をさえぎると、足早にどこかへと行ってしまった。
その場に残るのは、重い沈黙のみ。
「旅人さん……。大丈夫?」
ふいに隣から、少女の声。この不穏な空気を察したのだろう。心配そうな顔で、少年を見つめる。
「ああ、大丈夫だよ。きっと。
ちゃんと事情を説明すれば、解ってくれると思うんだ」
少年は前向きにそう答える。
しばらくして、何人かの大人がやってきた。
彼らは深刻な表情で、少年の周りをとり囲む。
すると、一人の神官らしき人物が少年の前に出てきた。
「その本を、見せてくれないか」
低い声でそう促す神官。とても重い空気。
少年は、おとなしく、その本を差し出す。
「……あの」
「異端書だ」
その本を一目見た神官は、短く、そう言い放った。
突如、少年の周りをとり囲む大人の顔が、別人のように凄まじい表情へと変わっていった。
「な、なんだって……!?
おい!聞いたか!
こいつは……悪魔の仲間だぞ……!」
一瞬にして、騒がしくなる広場。
「こいつ……!」「悪魔の手先かっ!」
「なんという輩だ!」「許さない!」「出て行けっ!」
次々と少年へ浴びせかけられる、非難の言葉。それだけではなく、地面に転がっている石や、木の破片を投げつける者までいた。
村人の急変した態度に、少年は、ただただ唖然とするしかなかった。
「やめてよ!旅人さんをいじめないでっ!」
少女は、大人に向かって大きな声で叫んだ。
大人は、そんな少女の存在に、初めて気付いたようであった。
「お前はこっちに来るんだ!」
一人の大人に腕をつかまれ、必死の抵抗をする。しかし、力の差は歴然で、少女はあっけなく、少年の側から引き離された。
「やめて!旅人さんは悪くない!」
少女は必死にそう叫んだ。しかし、誰一人としてその叫びを聴いた者などいなかった。
やがて、他の神官や、村の偉い人達が次々にやって来た。
少年は連れて行かれた。
暗くて狭い、罪人用の牢屋へと。