彼は旅人
遠くの地から、様々な国を渡り歩いてきた、一人の少年。
村の外からは一歩も出たことのない少女にとって、その少年は、旅人いう肩書きだけで十分尊敬できる存在であった。
彼の口から次々と語られる、自分の知らない外の世界の様子。
その話に、少女は誰よりも興味を示した。そして暇さえあれば、少年に、外での話をするようにせがんだ。
少年も、そんな少女に嫌な顔ひとつ見せず、楽しそうに語ってくれた。
「俺は、世界を旅することで色んな土地の文化や宗教、習慣なんかを調べているんだ」
ある日、少年はそう言った。
もちろん、この村にもそういった目的で来ているということになる。
しかしそれは同時に、ある程度の期間この村にいたら、また別の土地へ行ってしまうということでもあった。
「そう……。もうすぐ、行っちゃうの?」
少女は、とても悲しそうな目でそう聞いた。
「まぁ、そのうちね。そんなにすぐのことじゃないよ。
君とはとても楽しい時間が過ごせたし、感謝している。ありがとう」
その言葉を聞き、やはりと目を伏せる少女。
いつか、彼の旅立つときがくる、と頭では分かっていたのだ。しかし、本当に別れるとなると、辛いものがある。それほど、彼といた時間は楽しいものであった。
「私こそ、ありがとう……。たくさんのお話が聞けて、とっても楽しかったよ。
私、大人になったら絶対、旅人になるからね……!」
村の掟で、18歳になるまでこの村から出ることのできない少女は、そう心に決める。
「そうか。それは楽しみだね……。
またいつか、旅人として君と出会える日を待っているよ」
少年は優しく言い、少女の頭にぽん、と手を乗せた。
一人の旅人が処刑されたのは、その数日後のこと。