第二章(2)
「テレビの下の襖は開けるなよ」
軽い朝食後、軽い欠伸をしていたときだった。昨日の慣れない山歩きで足腰が筋肉痛、多少疲労感が体を包んでいる。
彼が先に林道の巡回に出る事になっていて身支度を整えながら言ったのだ。用意と言っても会社から支給されたデジカメ、自分の携帯と木の枝の棒ぐらいだ。
僕はインスタントコーヒーを飲んでから、テレビのワイドショー眺めていた。
「どうして?」
別に開けようとも思っていなかったが、意味がわからず聞き返した。
彼は面倒くさそうに答えた。彼も普段は部屋に籠もって絵を描いているらしく、そのせいか疲労と眠気を表情に出している。
「開かずの間だ。不動産屋から借りるとき、開けないように言われた」
「……」
沈黙する僕に彼は続ける。
「よく呪いとか胡散臭い話は余興としてはおもしろい。でも、まさかおれの身近でそんな話を聞くとはね」
「へえ、そんなこと実際にあるんだ。なんか怖えー。幽霊とか出んよな」
「なんだ怖いのかー」
からかうように彼は言う。
「そんなのがいるとは思えないけど、やはり怖いさ」
「正直やねー。それじゃ社会じゃやっていけねえな。人のこと言えないか。大丈夫、ずっと住んでいる俺のほうが怖いって」
「あんまり説得になってねー。まったく言わなくてもいいのに。ひとんちのもの勝手にいじくらんのに。これから一人いるんだぜ」
「いや、疑ったわけではないんだ。何もないって。念のため。じゃ、行ってくる」
彼は立ち上がり、玄関へ向かった。
「なんかくせーな。どうしてだー」
彼はそんな独り言を口にしながら長靴を履き、すぐにパトロールに出かけた。匂いは昨日馬の糞を思いっきり踏んだからだろうと思いはしたが、たいした重要なことでもないので黙っていた……平和な現実に過ぎないのだから。
襖を眺めていたが、物音が外からしたので視線をそちらに向ける。
……ネコが網戸をよじ登っていた。