第一章(3)
インスタントのラーメンで軽い夕食をとり、テレビでお笑いタレントのひどいギャグを見て馬鹿笑いをしながら静かに更けていく。会社からはデジタルカメラを預かっていて、報告書はすでにメールで送っていた。テレビは薄型のデジタル対応のものだった。
「テレビ回して」
「?」
僕が意味を飲み込めないでいると、彼は言い換えた。
「ごめん、チャンネル変えて、つい子供の頃のくせで、昔のテレビはそうだったんだ」
「ふうん」
僕は昔のテレビを知らないが、あまり興味もないので受け流した。
気は進まなかったが、彼がビールを出してきたので飲みつつ、結局お互い酔ってきたのが幸いして、多少くだけて会話していた。お互いの生い立ちから始まっていた。
彼の話によると代わり映えのない高校生活を送り、卒業後美大に行ったが中退。以後フリーターらしい。自分は高卒後やはりフリーター、二十三になるまで遊び呆けている。彼は美大を卒業しているだけあって、イラストレーターを目指して、たまに展覧会やイラスト公募に作品を送っている。僕にそう語る彼の表情が少し曇ったのは、彼の人となりをたずねたとき、絵の話が持ち上がり展覧会に送っても何度も落選していると聞いていたので、彼の絵に対する他人の評価と彼の絵画に対する矜持が指し図れた。
それでも愛嬌よく、そのうち見せると言っていた。
僕も自分が好きな漫画の話などしていたが次第に話もなくなっていった。自分も都内から電車に乗って来たために疲れもあって眠気を感じ、ふと彼の後ろの室内を見渡した。
障子戸に爪あとがあった。障子に爪四本分の穴があり、それが歩いたように天井の方に上がっている。
「それ何?」
不思議に思って僕は彼に尋ねた。
テレビを眺めていた彼は振り向いて、背後の障子を見る。
「ネコの爪あと」
「へえ、ネコってそんなことするんだ」
「まあ、ほかのネコがするかは知らないけれど、うちで飼っている三毛はやるね。いつのまにか跡がついていた」
「ネコ、今どこにいるの?」
「半分放し飼いだから、好きな時間に戻ってくるさ」
彼は多少酔っているのか、受け答えが適当だ。
「ふうん。なんで天井の方に登るのかね」
「さあ、ネコの気持ちなんてわからないから。そこが人と違って気楽だと言えば気楽だ」
「ネコがなんでそんな高いところに爪あと残すの?」
「さあ?実際みたことないから、虫か何か見つけたんじゃないか」
「ものすごく大きなネコなんだね」
「いや、普通の大きさだよ」
「だってなんか歩幅が……」
「ネコは身が軽い。いろんな動きするからそうなるんだろ」
彼がそう言うのだから間違いないだろうけど、僕は少しなぜだか身震いした。