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第五章(1)

 物語は終盤にかかっています。

第五章

会社回答メール

引き続き、パトロールしてメールを送ること。




急勾配の道路を下るママチャリに身をあずける。乾燥したアスファルトの上は自転車にとっては有難いが、無数の石ころや木の枝を避けねばならず、あまり気が置けない。その舗装道路の連なりは左右に曲がりながらその中でもスピードを上げよとでもいうように促す。どこへでも繋がれとでもいうように。

ブレーキの軋み音が悲鳴のように聴覚を刺激する。身体に緊張が漲ってきて、腕に力みを感じながら、それを解くわけにもいかず、自転車のハンドルを押さえつけるようにただ下のほうへ滑走する。途中大幅にセンターラインをはみ出しながら車に衝突せずに麓のコンビニに着いたのは幸いだった。わずか三十分で到着、車でもそれくらいで着くから何やら得たいの知れない充実感がある。帰路の時間と労力を考えると頭が痛い。

会社には内緒で今日の昼間はパトロールに出ないことにした。ゴミの投棄があるとすれば夜ではないかという憶測と、少しサボりたいとの怠惰な感情がお互いをそう仕向け、成り行きでそういうことになったのだ。

冷房の効いた店内は心地よく、久しぶりに入るコンビニに少し興奮。フィギアを懐かしんだあと、雑誌を手に取った。しばらくページをめくったあとにそのままのめりこむのを押しとどめ、名残惜しそうに雑誌を置く。足元に無造作に置いていた買い物カゴを取り、彼から頼まれた食料類を調達する。大型スーパーはあることはあるがさらに一〇キロほど先で、自転車とはいえ止めたほうがいいと彼は言っていた。この土地に来て五日目経ち毎日パトロールとして山登りし体力は多少ついたが、さすがにその言に従った。自転車では戻るのに何時間かかるか。それでも行くといったのはやはり共同生活で神経が疲れていたし、気晴らしもかねてだった。それに軽トラを運転しようにもオートマの免許さえ持っていなくて、彼が一緒に行くとの心遣いもあったが、明らかに彼も儀礼的に申したまでで、彼も今日は物置にこもって絵を描きたいようだった。

そして、今僕は買い物カゴに商品を確かめて入れながらいるわけだ。主にインスタントラーメンや牛乳、ジュース、お菓子、食パンなど食料品で、その他は自分のたばこぐらいだった。

レジのおばさんは慣れた手つきでひとつひとつ商品をバーコードで読み取り、金額を淡々と口にする。かつて僕が生活していた光景だ。都会のマニュアルどおり表面上の接客。そこにはある種感じのいいものがあっても、決して自分の生活に踏み込んでこない玉虫色の雰囲気が漂う。ニートに近い生活を送っているとそれに安心し、そういった態度は普通に暮らす他人から厳しく中傷されるものだが仕方がない。あからさまに在宅中に周辺で言われることはあっても目の前で言われるときはまずない。経験だ。

牛乳、インスタントラーメン、お菓子など入れると二袋。そそくさとお金を払い、すぐに出ようとしたところ、レジのおばさんが「あなたどこから?」と笑いながら尋ねてきた。それは田舎だからか、単なる物好きな性格なのか、どちらでもいいが、ちょっと引き気味に答える。

「いや、山の上の……?」

 駅で軽トラで乗せられたまま山の彼の家に連れてこられ、自分でも山の名前ぐらいしか覚えていなかった。

「自分でわからんの?」

「いや、知り合いのところにいるものだから。ここから行くと林道があってそこに世話になっている」

「山を越えて行くのじゃなくて」

 うなずくとおばさんは不思議そうにつぶやく。

「そんなところに家あった?最近行っていないから、牧場跡があるところかしら」

「いや、そんなところじゃないですね」

 そのまま出口へ向かう。

「そう、ありがとうございました」

 その後も腑に落ちない様子だが、構わず店を出て行った。

 暑い肌さわりの空気に一瞬眉が曇る。

前カゴにひとつの袋を納め、もうひとつはリュックに入れる。そしてだるくサドルにまたがる。広いコンビニの駐車場には一台も停まっていない。頭上にコンビニのマークを掲げた鉄塔も、道路沿いに並ぶ古びた商店も、自動販売機も、遠くで規則的に変わる信号も、すべてが淡々としていて無機質で、そしてすべてが朦朧としている。

そんな周囲に取り残された印象を訝りながら、それでも静かに呼吸をしている。まだこれから戻る山の方を見上げる。

太陽が真上に鎮座し、雲ひとつない青い緩やかな風に淡い熱気がこの土地を覆っている。

肌にまとわりつく汗とこれからの帰路に多少うんざりしながらそれでも自転車をこぎはじめた。しばらく緩やかな坂でそれでも一生懸命こいでもあまりに距離がありすぎて、やはり足を着き、自転車を押す羽目に陥っていた。

途中、ちょっとした見晴らしのよいところで立ち止まった。眺めを楽しもうというわけでもなく、疲れていたのもあってそこで若い女性を見つけて自然に足が止まったのだ。その女性はガードレールに二つの花束をくくりつけていたのだ。黄色の花だが菊ではなく僕には名前すら思い浮かばなかったがそれはそこらじゅうに咲いているもので、確か彼の家の周りにも咲き乱れているものだ。それを横目で見やりながら通り過ぎようとしたときだ。

「どこへ行くの?」

 妖艶で背筋が凍りつくような言葉に僕は振り向いた。

「山の途中で厄介になっていて」

「ああ、あんたかい。最近来たというのは」

 やさぐれたその声は土地特有のものか、それとも女性の経験から来るものかと訝りながら僕は答える。

「知っているのですか?」

「直接は知らないけれど、こんな狭い田舎では噂ばかりが飛び交うからね。しかしよく来たわね」

 何か含みがあるような口ぶりに僕は思案しかねて沈黙した。そして、尋ねもしないのに女性は語り始めた。

「ここで知り合いが死んでね。馬鹿なことに軽トラでゴミを捨てに来たんだけど、途中この坂だからブレーキ利かなくなっちゃってねー」

「それはお気の毒ですね」

 正直こんな話は苦手で、いつもどう言っても気持ちが込められずうそ臭くなるので適当に答えた。

「当時はガードレールもなくて、谷底に真っ逆さま。ほとんど即死だって」

「そうですか?こんないい景色なのに」

「悪いわね。気分を害して。どこでもあるようなことよ。数十年前牧場があってね、無理心中事件があった家の旦那だよ。死んだのは地元の名士の次男。戦争も行かずに回りに迷惑かけて、こんな言い方は今では禁句だけど、行かなきゃ残った者が苦しむ。妻はそれを批判するし、田舎はその家族に殺気立つし、それに堪えかねてまだ戦争に行ってくれれば周りは救われるのに、旦那は家族に向かってねー。時代のせいとはいえねー。その家はもう廃屋になってるんよ」

 よく聞くと時代がとんでいる。言葉は悪いが何かいかれている。

「そんなところがあったんですか。牧場跡?いやそんなところじゃないですよ。林道脇の一軒屋ですから」

「そうかい。じゃ違うのかもね」

きれいなのだけれども目が鋭い。続けて女性は言った。

「牧場跡には近づかないほうがいいね。見つけたらすぐに山下りてかえりな」

「……はい」

 小さく返して僕は疲れるのだが強引に自転車を押し離れた。何か意味ありげで女性の口ぶりも不快だったからだ。

 しばらくしてふと後ろを振り向くともう女性はいなくて、花束だけが飾ってある。午後の光の加減で茶色に傷んでいて、枯れているように見えた。そんなことはないと思い直し、もう一度確認するために戻ろうかとためらったが、かまわず僕は押し始めた。結構遠いしまた降りて上ってくるのが嫌だったのだ。

 数十台、自動車が行きかう。他県ナンバーも多いのは土地が県境にあるのと、山の上に有名な寺院があるからだろう。それすらもどうでもいい。

 上方を眺めると疲れ出るのでひたすら息を切らしながらハンドルを前に押す。少し平坦なところで少しコイでは疲れて降りて、また押す。二時間ばかり経ったろうか、ようやく彼の家に通じる林道に入った。ここからは勾配はさほどないが道だ。そこまで行くのに足腰が疲れて自転車をこぐ気にならず、やはりゆっくり押した。

 するとふと耳元に人の声が掠めたように感じた。立ち止まって耳を澄ます。人の声だが何を言っているのかわからない。林道脇の谷底から聞こえてくるようだが、それを否定して進む。山はいろんな物音がするし、それは麓の選挙運動や運動会がさも近くで聞こえるものだからだ。何を言っているかも聞き取れないのも理由にあった。

砂利の上にママチャリのタイヤを転がす。その振動がサドルから重みを腕に伝える。

「おおいー」と谷底から聞こえた。

よく見ると谷底に人影があった。

「どうしたんですか?」

 まさかそんなところに人がいるとは思わなかった。男性は半ば強引に斜面を這い登ってくる。

「おおい、まってくれー!」

やがて男性は僕のところまで上がってくると両膝に手を置いて息を整えた。その男性の作業服は木の枝や泥で汚れていて、手には何も持たず、リュックさえしょっていない。山菜採りではなさそうだった。

やがて上半身を上げてこちらを見る。

「いやー。トラックごと谷に転落してしまって」

 そういうと男性はどこにでもいる地元のおじさんに見えたが、少し目つきが悪いのが少し気にかかった。そんな気持ちを態度に出してもかまわず男性は話しそうだし、そのとおりほぼ一方的に事情を説明し始めた。

それによると昨日の朝谷底に落ちてからなんとか這い出しているうちに牧場に着いた。朝方落ちて軽トラで気絶していたのか、起きたときは夕暮れだったがなんとかそれで少し落ち着いた。その牧場の若夫婦に説明してそこで朝まで居させてもらった。そして、とにかく朝になって再び谷底の車に戻って、財布等を取ってくると出て行った。迷いながらも軽トラにたどり着いたはいいけれども、その後そのお世話になった牧場への帰りがわからなくなったという。

「牧場ですか?地元の人間じゃないんで」

「まいるなーなんでこんなところにいるのよ。そんなに歩いていないはずだからこの辺だと思うが」

 人がどこに居ようが関係あるまいと思いつつ、提案する。

「じゃ、世話になっている家に連れて行きましょう。知っているかもしれない」

「そうか、じゃっさっさと連れてってくれ」

言い方が気に食わなかったが、二人で歩き出した。

「やはりトラックがいたんだな」とパトロールの際に消えた軽トラを思い出しながら。




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