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前章 そろわぬ夢のあとさきは・第一章 (1)

前章 そろわぬ夢のあとさき

 鉄格子で塞がれているその奥に何があるのか、はっきり言って興味がない。

 なぜそこが塞がれているのかその理由さえ知らない。

 そこから伝わる冷え切った空気は顔の表皮をささくれだたせる。

 全身に鳥肌が立つのを感じて離れようとするが、行くべき方向など見当もつかない。

 その周囲の環境が淀んで停滞しているような居心地だ。そこがどこなのか、どうやってそこまできたのか、なんのために来たのかさえ覚えがない。

 そこはススキや笹が生い茂る平地。その周囲を取り囲むように木々が生い茂り、自分が住む団地はどこを歩いても人工物が目に付く。一日中歩いてもたぶんそこから抜け出せないだろう。もっともこの洞窟も誰かが掘った人工物だろうことは察しが付く。

忘れられた戦争中の記録から、塹壕を掘るときに日本軍は崩れないように上部を円形にして壁となる土の強度を損なわないようにしたというのを思い出し、その写真を見た覚えがある。しかし、目の前の洞窟が塹壕の名残なのか、鉄格子の茶色の錆び具合とその平地の寂れた様子から使われなくなったのは確かだ。

 微妙にかびたような匂いが鼻腔をくすぐっている。生臭いのは蝙蝠の糞や死骸があるためだろうか。

 風が洞窟を擦れる音が耳に雑音となって不快だ。小さかったその耳障りは徐々に大きく波打つように侵食していく。

 よく耳を澄ますと土と鉄が当たるような音。まるでその奥にはまだ人がいてトンネルを掘り続けているような錯覚はあまりいい発想ではない。どこから風が進入してくるのだろうか。だんだん周囲は夕闇に染まり、大勢の人が唸るような響きとなって……身体の震えを感じている。やがて叫び声や会話のように風圧が強くなる。地表に染み込んで抑えこまれていた怨、憎、誹、悲、嘆、といった気色になったものが地表へ力ずくで這い出そうとするような嘔吐性の嫌気が占有している。

 やがてそれらは狂騒となり目前に近づいてくる。

 そして、……突如、全身をそれらが駆け抜けた。




 ……そこは電車の座席だった。それが夢だったと感じたのはすぐだ。呆然と息を乱し、冷や汗をかいていた。たぶん寝言をあげたのだろう。

 ふと後ろの席から「何今の!」「寝ぼけて!」と馬鹿にしたような低い笑いが聞こえた。そのくだらなさに人がいる安堵と羞恥の絡まり何事もないように身を硬くする。

特急で常磐線を下っていた。車両前方の電光掲示板の文字が流れていく。最近は暗い話題が多い。それを無機質にニュースだと垂れ流す。

 メディアのワイドショーは連日のように人殺しや格差を助長しているのに感じるのはどういうわけだ。その加害者やらを批判して実しやかにコメントを揃えたところで、連日放送していれば翌日にはまた違う地域で事件の模倣犯や自殺などが喧伝されて、新たな事件を創作していると思うのはたぶん惨めな生活を送っている自分の心持ちのせいだろう。

 加害者だろうが被害者だろうが、動機はどうであれ低い感情で動いているのは明らかで、そのそろわぬ夢のあとさきを考えたところでわかるはずはなく、底辺で小さく生きている自分などもそうであるに違いないので考える必要はないのだが……。

 事件の羅列にうんざりしながら、視線を外す。

 外は雨が上がったのか、それとも移動して雨が降る地から遠のいたのか、どちらとでもとれる視界の先には、厚い雲間から差し込んだ光が一筋降りていた。眼前から強く吹きすさぶ冷たい風に目を細めながら、それが稲穂をオレンジに染めて広がるのを見とれそうになる。

 それを怖がり、窓を慌てて閉めた。車内は暖かい空間に戻り、他の乗客の不平を耳にする。尿意も急に感じ、その気分が悪くなるのを誤魔化すように席を立つ。

 席を立つときに味わう揺れに足を付けている感覚も久しぶりで奇妙なやるせなさを覚える。用を足しながら、脇の小窓から入り込む鉄の摩擦する騒音を聞いていた。それに吸引されるような奇妙な想いに囚われながらも、軽く汚さを見咎め、足元の自分の汚れをテッシュで多少ふき取る。

 狭い空間から出る際に強く肩をぶつけて少々不快だ。その痛みを手で抑えながら、何事もなく席に戻り、人を気づかって座席に身を沈める。

 車外は夕陽の色に変わり、垂れ込めた雲はどこにもなく。これまでの移りゆく環境がこの車窓のようなものであったらなら、どんなに日々は平穏だろうか、やるせなさが眉間を掠める。

強めの風に吹かれ、波打つ稲穂の静かな喧騒は都会では味わう喧騒に比べれば優しいものだ。電車の揺れに身を保ち、そんなものは何の裏づけもなく虚勢を張っている。自分の抱く夢などは世間の前に容赦なく砕け散り、世の中そういうものだと悪いところでお互い様と思う日々が続く。人の抱く夢はそれぞれで、物質的に豊かになっているだけ複雑に絡まるもので、身のこなしがおかしくなる。人の夢などおおまかに叶えばいいと思いつつ、自分に害があるなら叶える必要は認めない鬱蒼とした原野に心身をさらしているだけで朽ちぬように心身をかかとで支えているだけだ。そのわりには背筋は伸びきっていて冷たい痛みが肩や首筋を染めている。

先ほどの電光掲示板のオレンジ文章に関連して余計なことを考える。

 最近いじめ自殺が再び脚光を浴びていた。ワイドショーを否応なく目にしている。A社が同じ学校の事件を「自殺?」、B社は「転落死?」と画面に貼り付けている。推察するに連日の放送で気持ち的にもA社の物言いが濃厚で、それでもB社の良心に少しだけ好意を持ち、すぐにその学校関係者が生徒間で何がし……とそれを認めればB社の良心など飛び去って、やはりそうかと肩を落とすような時代だ。加害者と被害者なんて二文法で述べるのは気が引ける。かといってそれではいけないとかまびすしく批評したところで自分の言うことなど汚いだけの繰り言。それに自分が言わなくても社会的品位を保つメディアが断罪する。しかし、事件を誘発しているのならば放送しなければいいものをと思うところが幼いのだろう。加害者にそうやすやすと被害者の気持ちがわかるわけもなく被害者はうんざりしていて逃げ場がない気持ちに行動は閉鎖されているのだから……。どちらも人には違いがなく、加害者にせよ被害者にせよ、両者のささやかな夢さえ、感情的な日常習慣に支配されているのだから良くなりようがないように思える。それでもなんだか、夢の軽重は問わないように生きるのはつらすぎるが現実だ。



 第一章 

 事態は切迫しているわけではなく、だからといって放っておく事柄でもなく、そしてそれは会社の要望の現われとして一時的に創出されたひとつの仕事でした。しかし、一応応急処置的な終止符を打とうという会社側の意思が含んであり、こちらは長い間プー太郎が続き半ばやけくそになって応募してどうにか採用されたもので、生活がかかっていればこそそれなりにしっかりやる必要があり、それは今まで自分を散々な目に合わせてきた世間的な義務感や強制感が伴うものであまり気乗りがしない。それが態度が悪いものであれ自分に返ってくるのだから仕方がないが、どうであれ将来を見通せない焦燥感はやるせないものであるのは確かだった。それにしてもなんだか……何が悲しくて寝ずの番をしなければならないのだろうかと不満をお腹に溜め込みながら。生活費を稼ぐ以上瀬に腹は返られないという心持ちは健康によくない。

 さて、僕にとって事態は長期戦の様相を呈してきていて、それに備えるにはその土地にまず居場所を確保しておく必要がり、そのために会社から提供されたのは昔その会社に勤めていた人の家であり、まさにその土地の近くに住む若い三十前後の画家の卵が借りている借家であり、かつ、彼はこれから仕事をするにあたって大切な人物であり、想定される最も危険な状況が仮にある場合に必要な理性を維持するために不可欠であろう協力者であり、彼も契約上僕と同じ立場いる人間でその内容が同じである以上、はじめて会うために会社からの評価だけでは心もとないが最低限に信用することのできる男性であるには違いない。

そうして多少緊張感を表情に含みながら小さな田舎の無人駅に降り立った。写真も見せられていないのに彼のことはすぐにわかった。なぜなら改札を出ると彼の軽トラと運転席でタバコを吸う男性しかいなかったからだ。駅の前は住宅はあるものの人の気配は彼以外いなくて、潰れた商店の灰色のシャッターに落書きがされている。

すぐに親しげに挨拶すると軽トラに乗るよう促され、助手席に乗り駅を離れた。しばらく寝泊りする彼の家まで向かったのである。着くまでの車内で少し会話をした。人とまともに話すなど久しぶりだ。それはニートに近い人間にとって世間的に当たり前でも複雑なものである。

彼は端正な顔立ちだが幾分色白で痩せすぎで僕がイメージしている売れない画家そのものだった。初めて顔を合わせたせいもあり無口に近く、一応これまでの僕の拙い経歴を披露し、産業廃棄物や不法投棄についての世間知と僕は正直に金が欲しいためにこの短期の仕事に応募した経緯を述べる。彼は穏やかに応答しながら自分のことも話したが会社から聞いていたことを復唱しているようなもので本人の口から出ている謙虚さと相まって、その人となりは十分信用できるものだと感じた。

そして、最終的に不法投棄の現場を押さえられればそれでよいという、厳密に言うと犯人を撮影し、車のナンバー控えるという仕事の打ち合わせをしながら、山の傾斜に沿って伸びる道路の傾斜に身を預けていた。そして、期待と不安を覚えつつ、助手席の窓から見えるオレンジがかった山々に見とれながら家に着いたわけだ。

駅から一時間近くかかったが何の憂いもなく到着する。彼の家は会社からパトロールを指示された土地へ続く林道沿いにあり、小さな家には違いないが見張るためには位置的に現場に近く、地下からくみ上げている水ではあるけれども水道はあり、一応プロパンガスもあり湯は沸かせるし、トイレは俗にいうボットン便所ではあるけれども何も水洗便所である必要もなく、五右衛門風呂ではあるけれども薪を燃やせば風呂は毎日は入れることを考えれば、少々手間はかかるものの清潔さは保障され、それは都市生活に癒着した僕にとっては新鮮でさえある。

 その間、彼は家の内部を説明し僕は受け答えに終始していたが、その人となりは普通の青年であった。彼に関する少し詳しいものも彼の口から語られた。高校卒業後、東京の美大に入学、その頃夏季休暇ごとにこの地元に帰り、僕を今回雇った会社のホテルのレストランのバイトをやっていたという。卒業後これから僕が寄宿することになるこの家に住み始め、いわゆるフリーターという微妙な社会的な立場だ。会社はホテル事業を展開していて、その彼が移り住んだ家の近くに会社の土地が有ったのは偶然だった。そういったわけで今回の仕事が彼に回ってきたわけだ。

借家は多少凸凹はある林道の先にあり、そこをさらに進むとすぐに会社かたパトロール指示された道がある。まさにうってつけの位置だ。彼の話によると家の所有者は東京にいるらしく、彼は不動産を介して借りているために実際に所有者に会ったこともなく、別に二年ほど暮らしているが不便もなく、一万円という安い家賃で周囲の土地も一応自由に使わせてもらっていてむしろ感謝しているとのことだった。もっとも使わせてもらっている割にはその周囲はどういうわけか背丈ほど伸びた草が覆い茂っていた。点在する樹木も低いことから平地のようで、ここに畑か果樹園があったためかもしれない。どうでもいいが、ようは彼も家と納屋を使えればそれでいいのだろうし、僕もそれで満足だ。

家の内部は意外と小奇麗でというよりものが物が少なくてきれいに見えるというところだが、これから一週間ほど寝泊りするには申し分ない。状況によっては数日期日が延びる。    

彼はいつもアトリエにした納屋で寝るそうで、僕に家を部屋として使うようにと言ってくれた。日当たりもよく、布団も干してカバーも新しく用意してくれたとのことで、ますます彼を信用した。

その家の前を通る林道は夜になるとまったく車は通らないとのことで、不法投棄をするならば僕たちが林道に入ってきた方向とは逆の、隣の村の方から入ってくるだろうと彼は言った。

僕らは一息つくと陽の暮れる前に会社から指示された区間を下見したのである。



 これで文章生活は終わりのはずです。

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