「きみには子どもを産んでもらいたくない」「あ゙ぁ゙ん゙?」
※筆者の妄想の異世界です。ゆるゆる設定。
この話単体でも読めますが、「イケメン侯爵の書類上の妻になりました」の妹(4女)の話です。
濁点は3099+F5を使いました。
「きみには子どもを産んでもらいたくない」
「あ゙ぁ゙ん゙?」
女の子に人生で一番幸せな日は?と聞いたら「結婚式の日」と答える子も結構いるだろう。
でも人生で一番幸せな日のはずの結婚式の日の夜、私は人生で一番凶悪な顔をして人生で一番ドスの効いた声を出した。
夫になった男に対して、何を言っているんだ、という呆れ以上に怒りがドドーンと脳天を突き抜けてしまった。
「ひっ」
目の前の男はブルブルと震え、目に涙を浮かべる。
あ、ちょっとやりすぎちゃったかな。反省反省。
「ん゙ん゙っ、で?なんで今更そんなこと言うわけ」
はい。今は初夜ですよ。初夜。今日結婚しました。今ベッドの上。目の前の振動涙目男は私の夫です。まだ語気が荒くなっているよ。落ち着け、私。深呼吸、深呼吸。
私は貧乏子爵家の4女だ。6人姉弟で、3人の姉がいて、私は4番目の子供。もうね、子供も4人目ともなると親に構ってもらえない。空気と言っても過言ではないと思う。私の妹、5女なんて領地を発つときうっかり馬車に乗せ忘れられて、置き去りになったこともある。
家族仲はいいほうだと思うけれど、放置されて育った自覚がある。親より姉に育てられたと言っても過言ではない。一番上の姉は私より7歳年上なので、私が赤ちゃんの頃おむつ替えまでやってくれていたらしく、(もちろん私には記憶がないから伝聞だ)頭が上がらない。
貧乏子爵家にはメイドなど雇う余裕もないので、子どもたちは小さなころから家事を仕込まれる。私より年上の3人は優秀でみんな上手に家事をしてくれたので、私と2つ年下の妹は家事をあまりしなくても家のことは回るようになっていた。
家事をしなくてよい+放置気味の子供。家にいてもおもちゃがあるわけでもなく、「家は汚さない散らかさない」「家族の仕事を邪魔しない」と言われるので必然的に遊ぶのは家の外だった。私は年下の妹の面倒を見る、という口実で妹を腰巾着にして、毎日のように街に繰り出していた。
誘拐が心配?うちの子爵家は下手をすると平民より貧乏なんです。だから誘拐するメリットがひとつもありません。
むしろ私は街に暮らす平民たちに見守られながら育った。平民に交じって過ごしていたので、平民と同じような口調が素だ。その口調は貴族に混じると、とても口が悪いと捉えられてしまうため、貴族といるときはいつも特大の猫を被らなくてはいけない。
あ、目の前にいる夫も貴族だけど、私の素を知っているので猫は被らなくていい。
子爵家は貴族なので、社交シーズンは王都内のタウンハウスで、それ以外の季節は領地で過ごす。王都内のタウンハウスで隣家に住んでいたのが、今の目の前にいる夫である。遊びに出かけては顔を合わせ、気が弱い男の子は私の腰巾着2号になり、成長しても気弱で私の金魚のふんのようになり、男の子の親は、この子は4女ちゃんじゃないとだめだ、と言って、子爵家に婚約を申し入れ、私たちは婚約することになった。
そしてそのまま成長して、成人して、結婚式をして、今。
回想にふける私の目の前でずっと涙目の夫の目を見てもう一度聞く。
「ねぇ、なんで子どもを産んでもらいたくない、なわけ」
「えっと、同級生の男爵令息わかる?去年結婚した」
「うん、わかる。何なら今日結婚式に来てくれたよね」
「そう。彼がいってたんだけど、結婚してすぐ子どもができて、先月出産だったんだって。そしたら、奥さんがね……」夫は眉間にしわを寄せる。
「奥さんどうしたの?」
「出産が大変で、命の危機だったんだって。……一命はとりとめたけど、まだ起き上がることもできないって」夫はそう言って鼻水をすする。
「そうだったの。それは大変だったね」
心の中で回復を祈る。出産は命懸けだ。必ず母子ともに健康とはいかない。
「その話を聞いたらさ、もし子どもができて、出産のときに何かあったら、僕は君を失ったらどうしようって」
「……それで、子どもを産んでもらいたくないって?」
「そうだよ!君のいない人生なんて考えられない!」
熱烈なプロポーズみたいなセリフを言ってくれたけど、震えている涙目の男に言われても感動が全く起こらない。
「出産ごときでガタガタ言わないでよ。私のお母さまが何人子どもを産んだのか言ってみて」
「出産はごときじゃないと思うけど……君は6人姉弟だよね」
「そう。姉たちも子どもを産んで元気にしてるのを知っているでしょう。うちの家系は安産だと思うよ」
「でもさ、出産ってすごく苦しいらしいじゃない」
「……そうだね」
姉の出産に立ち会わせてもらったことがあるので、どうなるかは知っている。
「でも産むのは私だよ。貴方は見てるだけ」
「君が痛がってたら僕が失神しそうだよ」
それは否定できない。夫は血が苦手だ。
「じゃあその時は出かけてたらいいよ。家にいられるほうが迷惑」
「そんなぁ!君がいないと僕はダメなんだって。出産のときに亡くなってしまう人だっているんだよ。だからさ、子どもを産まなければ……」
「あ゙・の・ねぇ」
「ひぇっ」
また怒りが沸いてきてしまった。いけないいけない。今日は女の子にとって一番幸せな日なんだってば!深呼吸ー!
「……あのね、私を大事に思ってくれるのは嬉しいよ。嬉しいんだけど、生きてれば予想外のことなんていくらでも起こるじゃない。病気だってケガだって事故だって起こるかもしれないんだよ。出産だけが危ないんじゃないよ。誰だっていつどうなるかわからないんだよ」
そう言うと、夫がまじめな顔になった。
「だから私は今日を後悔がないようにしたいの。今日貴方と夫婦になるのを楽しみにしてたんだから」
ちょっとしおらしくして、夫の目をじっと見つめていると、夫は瞑目した。目に溜まっていた涙が零れ落ちたので、近くにあったハンカチで拭ってあげる。世話が焼けるのは昔から変わらない。
しばらく目を閉じていた夫が目を開いて、ため息をひとつつきながら「……わかったよ」と呟いた。
「わかってくれた?」上目づかいで夫を確認すると、さっきまで青白かった顔に、ちょっと顔に赤みが差している。
「うん、君の気持ちは嬉しい」薄く微笑む夫。
「わかったんだよね?」念を押す私。
「うん、わかったよ」首を縦に振る夫。
「よし、合意取れたね!」夫の腕をガシッとつかむ私。
「えっ」飛び出るかというほど目を見開いた夫。
私は夫を押し倒した。
最初はあらすじに「気弱令息×強気令嬢」と書いていたけれど、話が進んできたら絶対左右が逆だ、と思ったので順番を変えました。




