表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/14

5話 地上の星。

お読みいただき、ありがとうございます。


 相変わらず下着姿のままのモモは、開け放たれた窓ガラスを恨めしそうに見ていた。


 気風が良くチャキチャキの下町猫であるオソノは、細かいことを気にしない。

 現在妊娠中であり、もうすぐ子猫が産まれるというのに、落ち着きもあまりなかった。


 使い魔は魔女の子供の様な存在なのだから、モモにとっては孫みたいなものである。

 とても、楽しみにしているが、ちゃんとオソノが子猫の面倒を見れるのか、モモは心配にもなった。


 面倒見良く優しい子なのだが、大雑把過ぎる。

 オソノの寝ぐらは、オヤツや玩具でいつも散らかっていた。

 そんなオソノが開けた窓を閉め忘れることなど、日常茶飯事であった。


 ——まぁ、別に他の子達も閉められるわけじゃないけど。だって猫だし。羽が生えてても。


 そんな愚痴を内心で漏らしながら、また身を震わせている。もう春も近いのに、寒い日だった。

 仕方ない。高度に応じ、気温は下がるものである。

 自然とは厳しいものなのだ。


 炬燵で丸くなることもなく、元気よく遊ぶ猫たちを横目に、モモはまだプルプルと震えている。


 そろそろ服を着て、下に降りようかしら? と考えた彼女は「キンコン」という音を聴いた。

 それは、フロアという名のオフィスへの玄関——つまりはエレベーターの扉が、開く前兆だった。

 三階下から一つずつ、呼び出し音が鳴ってゆく。


「えっ!? あっ!? う。……!? ふ、服っ!」


 慌てふためいたモモは、ハンガーに吊るしておいているスーツへと駆け寄ろうとする。


「キンコン、キンコン」


 だが、足をもつれさせ、転んでしまう。

 床はフカフカなので、痛くはない。そして、怪我もなかった。けれども——。


「キンコン、キンコン、キンコンコーン」


 到着を知らせる、ちょっと豪華な調べの後に鋼鉄の扉が開いてゆく駆動音。

 エレベーターは呼び出さねば、来ることはない。

 そして、モモは呼び出しを行なっていない。

 つまりは、来客であった。

 下着姿のままで、人前に出る訳にはいかなかった。


「ま、待って! だめ!」


 だが彼女は転んでしまっている。すぐには立ち上がれないし、着替えも出来やしない。


 ギーコ、ギーコ。聞き慣れた、車輪を回す音。


「あら、モモ。今日も可愛いお尻ね。また少し、大きくなってない?」


 そして現実は、非情であった。

 顔だけで振り向いたモモは見る。


 豊かな黒髪に、アーモンド型の深い緑の瞳、その上にリムレス眼鏡を掛けている。

 女性らしく丸みを帯びた身体を、無骨な車椅子に預ける身なりの良い彼女を。


「へ、ヘッティ! み、見ちゃダメ!」

「うふふ、そんなにお尻を振っちゃって。ごちそうさまですわ」


 起き上がるために身を捩らせるモモに近付いてくるのは、ギーコ、ギーコと音を立てる、ビルの家主にして十五年来の親友。

 ここルンディニウムの街で不動産業を営む、ヘンリエッタであった。


「あらあら、よくもまぁ毎日、飽きないわね」


 そう言ったヘンリエッタが、ギーコ、ギーコと車椅子を漕ぎながら窓へと向かう。

 黒猫たちはその周りを、整然として囲んでいった。

 何故か、猫たちはヘンリエッタに懐いている。ボス猫的な意味で。


 モモ一人では、開いた窓を閉められない。

 基本来客はなく、お手伝いや従業員を雇い入れる余裕も、今のところはなかった。


「いつもありがと」

「なら、窓くらいは閉められる様になってね」


 こうして毎日窓閉めに来る親友のお小言も、いつものことだ。立ち上がったモモは、スーツを身に纏う。

 猫たちが大人しくなるので、一張羅の心配はしなくても良かった。

 隙間風は止み、適温が保たれる。


「ちょっとテーブルで待っててねー」


 お小言にはあえて応えずモモは、コーヒーメイカーに術力を通し、小さなお茶会の準備を始める。

 ルンディニウムは紅茶狂いの多い街だが、モモと、そしてヘンリエッタの好みは違った。


「水筒のでも、良いわよ」

「淹れたての方が美味しいし、あれ携行用だから」


 二人のお茶会で用意されるのは、たんぽぽコーヒーだった。ポトポトと、真っ黒い液体が滴ってゆく。

 モモは昨夜焼いておいたラングドシャを皿に広げ、ヘンリエッタの待つ応接セットへと向かう。


 あの日に出会い、(未来)を奪ってしまってなお、側にいてくれる恩人(親友)の元へ。





「ふぅー、ふぅー」


 息を吹きかけ冷まそうとするモモとは違い、ヘンリエッタは優雅にたんぽぽコーヒーを嗜んでいる。

 毎日の様に顔を合わせるのだから、そんなに話題があるではない。だが、落ち着いたこの静かな時間はモモにとって、憩いでもあった。

 使い魔である黒猫たちも、行儀良くしているので。

 実に即物的な女であった。


「ウェセックス公の奥様にも、随分と信用されているみたいね。公女様へ贈るティアラなんて大事なもの、そうそう任せて貰えないわよ」

「社交場に連れ出してくれたヘッティのおかげ」


 そう。今請け負えている仕事の多くは、ヘンリエッタのコネによるものだった。


「その切っ掛けを商売に繋げたのは、モモの力」


 借りているここ。事務所の家賃も格安であるし、正直に言えば、頭が上がらない。

 なのに恩着せがましくもない友人が、眩しくも見える。


「まぁ、ウチの従業員は優秀だからね」


 膝に乗って来る五十一号と八十八号を撫でている。

 ジジはヘンリエッタの膝の上で丸くなっていた。

 

「猫だからね。蜥蜴とか蛙だったら、違うわよ」


 ちょっとだけ、頷ける。花札屋さんの蜥蜴だか恐竜だかのヨシオ君や、魂を震わす蛙のゲロッパなんかみたいなのはレアケースだ。後追いも厳しい。

 ボリューム層に展開するには、爬虫類や両生類というのはやや厳しいとも思う。苦手イメージも強いし。

 とはいえ、ミッ○ィーは、権利的にも危うい。フでも、キでもだ。どちらかと言うと、あのネズミの王国の方が、危なかった。

 ィがあった所で、どうにもならない圧力がある。


「その顔……」


 ヘンリエッタが深刻な顔をする。


「あんまり、危ないことを考えてはダメだからね」


 モモは素直に頷いた。資本主義の勝者たちに喧嘩を売るほど、世間知らずではない。

 最大のライバルと被らぬために、ロゴは子猫でなくトマトを咥えさせている。耳を澄ませる親友に、自信満々に笑う。


「文句は言わせないわ。カントリーロードだけでは、何も出来ないのよ!」


 大口がないと、猫たちの餌も賄えないのだ。従業員百を超える企業は、少しだけ苦しかった。


「流石ね。投資した分、期待しているわ」


 それを言われると、弱い。有形無形の区別なく、ヘンリエッタが投資してくれたものは——。


「ふふん、何を言うのヘッティ。私が、返せる訳ないじゃないの」

「別に、利息だけでも良いわ」


 とても、返せるものではない。

 なのに、彼女はいつも穏やかだ。

 忘れられる、はずもなかった。

 十五年前、初めて箒に乗って空を知ったあの日。


 あの日から変わらぬ笑顔と、変わってしまったもの。


「そうはいかないの。良い、ヘッティ。私自身のためよ」

「元気で、よかったわ」


 あの日と同じく、クスクスと笑った彼女。


 ——なんでよ!


 今だに、そう叫びたくなった。たんぽぽコーヒーの苦さでそれを胃の腑に収めるのが、癖になっていた。


「元気はないわ。お高い家賃たし」

「あら、なら」


 ズイと前に出たヘンリエッタは妖艶に。


「お婿さんに来てくれない? そうすれば、無償で済むわよ?」


 とんでもない提案をしていた。何度も聞かされた誘い文句だが、モモにそれを受け入れる謂れはない。


「誤解されるから、そういうことは言わないの」

「本気なのに、ケチよね」


 可能ならば、それも悪くないと思っている。

 けれども、それは許されるものではない。

 大体、モモにはそういった趣味もなかった。

 やっぱり、コミュ強お化けの旦那様が欲しい。


「それに営業させれば、経費も浮くだろうしね」

「?」


 疑問符をうかべる親友に、勝ち誇った気分をしていた。この子には、言わねばならないことがある。


「慈善事業にかこつけて、趣味に走っていると言われているんだからね。気をつけなさいよ」

「趣味って何よ」


 それに、返すことは出来ない。

 ヘンリエッタは孤児院上がりの女の子たちを、積極的に雇用していた。それに関する中傷も聞いている。


「別に、私が口を出すことじゃないし。良いことだと思ってるわ。けど、そう思わない人もいる」


 あの日のヘンリエッタがしたことを、愚かだと言った人たちの様に。

 モモもそう思っていたはずなのに、あの時みたいにはもう、口には出せなかった。


 怖さに負け、空を失くしたモモにその資格はない。


「愛みたいなものかな?」


 怒鳴ったモモに、そう笑い返した彼女へ渡せるものは、なかった。

 それからは、ずっと一緒にいる。

 入院中も、学園を卒業して学府へ進学する前の、離れていた時期だって、心はずっと一緒にいた。


「何でよ……」


 夏休みに遊びに来たときに巻き込まれた、死の秘宝騒ぎのときに尋ねたモモに、ヘンリエッタの通う学園のお爺ちゃんな学園長も答えた。


 ——愛じゃよ、愛。


 あんまりな言葉に、愛ってなんなのよ! そう叫んでしまったモモだった。


 ——躊躇わないことじゃよ。


 躊躇わないから、部外者を平然と受け入れてるのね。ボケたのかしら?

 という常識的な突っ込みだけでなく、愛ってヤベーな、と思ったのは秘密である。


 ボケ爺には面倒臭い因縁なんかも聞かされて、もしかしたらと頑張った。

 けれど、ヘッティが死の呪いを克服してからも、足は動く様にはならなかった。

 別問題なので当然なのではあるが、悔しかった。


「ヘッティって、賢そうなのは見た目だけで、結構馬鹿よね」

「賢そうな見た目なのは、モモの方よ。お馬鹿さん」


 死ぬつもりであった。死んでも、仕方がないと思っていた。けれど、生かされた。


 足を、未来を、夢を犠牲にして。

 眩しくて、悔しくて、未だに目を見れないでいる。


「で、ヘッティ。美味い儲け話は転がってないの?」

「確か、ローゼンタールが入札をするそうね」


 元軍閥直轄の兵器メイカーであるローゼンタールは今や情報機器の雄である。のみならず、総合商社として日用品にも進出していた。密林みたいなものだ。


「ラストワンも、かしら?」

「最後の一歩こそが、あそこの今求めるものよ」


 入り組んだルンディニウムの街並みに、輸送車両は入れない。大企業お得意の宅配網が使えないのだ。どうしても、脚で届けることとなる。

 工場間の輸送に食い込める程、「魔女の宅配便」は長距離に強くない。だが、都市部ならば話は別だ。


「ジジ、皆! 遊びの時間よ!」


 これは好機だと判断したモモは、ローゼンタール公式ページへ、大量のお問い合わせを送り始めた。

 猫たちによる、猫海戦術によってであった。


「……ちょっと、やりすぎじゃない?」

「戦いは数よ。偉い人もそう言っていたわ」


 脚は飾りでも、大切なものはここにあった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ