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12話 薔薇園。

不定期更新です。


「あまり悪質な嫌がらせですと、こちらも考えねばなりませんぞ」

「そ、そんな嫌がらせだなんて。ただの、お問い合わせではありませんか……」


 弁明をするモモであるが、灰色の髪を綺麗に撫で付けたお髭のおじ様に、ギロリと睨みつけられた。

 軍服と似た意匠の制服が、鮮やかな薔薇の花にて飾り付けられている。

 お歳こそ召されているが、背が高く、体格も良いので結構おっかない。


「結果として、何件ものお客様がお困りになられた」

「そ、それはそうですが。猫たちなので……」


 ローゼンタール公式への営業であるお問い合わせ。

 従業員総出で行ったそれは、接続障害を引き起こしていた。

 ここはローゼンタール本社。

 応接間にあたる薔薇園に「魔女の宅配便」CEOは、呼び出しを受けている。


「黙らっしゃい」

「……はい」


 ローゼンタール側は既に被害届の提出を検討しており、今日はその前段階となる話し合いであった。

 別に厳つい男性が皆怖いわけではないのだが、怒っている人は怖いもの。それに世間はもっと怖い。


 モモは素直に頷きながら、周囲へ視線を彷徨わす。

 赤、白、黄に紫。そして、二百年ほど前までは「あり得ない」とされていた青いものまで。

 色とりどりの薔薇たちが咲き誇っている。


 ——ちょっとくらいなら、譲って貰えるかしら。


 当然、モモが目を付けているのは青薔薇だ。

 別に彼女は人並みの花好きで、愛好家というわけではない。ないのだが、その価値を知っている。


「それにしても、素敵な庭園でございますね。つい、目が奪われてしまって……」


 なので、全力の胡麻すりは当然であった。おじ様は気をよくしたのか、満足気に頷く。

 彼の視線は良く手入れのされた薔薇園を見ている。

 モモもまた、薔薇たちを見ていた。


「我等が誇りですからな」

「本当に、素敵な子達ですわね……」


 普通の薔薇は猫缶一個で済むが、青薔薇は猫缶六缶詰めと変わらぬお値段がするのだ。是非譲ってもらいたい。無料で。


「愛を込め、手間を掛け育む。そうして時をかけてこそ、薔薇は美しくほころぶのです。そもそも——」


 なんだか長ったらしい蘊蓄が始まったが、モモは神妙に頷いている。

 そんな顔付きをしながらも、内心では結構図々しい女であった。


 


「——ということでしてな、美しいというものは、信頼を培ってこそ認められるもの。それを支えるシステムへの攻撃は、とても許容できぬものです」


 薔薇や庭園のお手入れから、やはりお叱りへと続けられている。

 モモは床へ膝を揃えて着けていた。手のひらもペタリと地面へ着けている。


「大変、申し訳ございませんでしたぁ!」


 そしてオデコも擦り付ける。言うまでもなく床へとだ。

 東洋文化において最上級の誠意を示す姿勢——土下座であった。


「こらこら。お顔をお上げなさい、お嬢さん」


 そう言ってくれるのだが、モモは益々額を床へと擦り付ける。

 モモは知っている。ブリテンの郷紳には三枚どころでなく、七枚は舌が備わっているのだと。

 阿片とか聖地問題だとかは有名なのだ。


 甘い言葉に騙されて、顔を上げようものなら何を言われるかもわからない。

 彼女は全く、彼等を信用していなかった。


「我が社の猫たちの不始末は、管理監督者である私の不徳の極みっ! 『やめなさい』と、何度も指導したのですが、聞き入れられず……。経営者としての、力不足が恨めしい。ですが、我が社の従業員が起こしてしまった不始末! 彼等には、うさぎさんフーズから発売中の北方軍神印のおやつ、『てゅ〜る』抜き三日間の罰を与えております!」


 そして、懲戒処分したことも伝える。

 ついでに、猫たちが勝手にやったことだと印象付けるのも忘れない。勢いで、流し切ろうという作戦だ。


「なっ!? 『てゅ〜る』を……。なんという、厳しい罰を……」


 効果は抜群だ。猫に「てゅ〜る」のお預けほどの極刑に、薔薇爺いは驚き恐れている。

 モモは土下座を崩さずに、額を床へと擦り付けながらニヤリと笑う。悪い、CEOスマイルであった。


「勿論、私にも相応の罰が与えられております」

「なんという……」


 息を呑む声に、モモの笑顔は更に深まる。

 実の所モモにとり、土下座は全く苦痛ではない。

 文化圏が違うのだ。


 それよりも、新調したばかりのボトムス、そのお膝を床に着ける方が痛かった。

 毎日猫たちとは下着で床を転がり回っているし、額程度、今まで食べたパンの数より遥かに多く、床に擦り付けている。

 魔女は無敵であった。


「して、『魔女の宅配便』CEO殿、どのような自罰を……?」


 食い付いてきたと、内心で勝利の凱歌を謳うモモ。


「……紅茶断ちを。日に、三杯のティータイムを返上いたしております」


 顔を上げたモモ。その頭脳は、尻が拡散された屈辱を思い出している。

 悲痛な表情を見せる薔薇おじ様と、視線が合った。

 すぐさま、いたたまれないとでも言うように、それは逸らされる。


「……お顔を、お上げください、ご婦人。そんな生命に関わる真似はお止めなさい」

「……罰ですので」


 多くのブリテン国民にとって、紅茶は生命の水だ。

 紅茶があったからこそ、百年戦争も闘い抜けたという、歴史的な誇りもあった。

 蛮族で海賊であり、略奪者の末裔であるブリテン民族は紅茶さえあれば闘える。そういう民族だった。


「良い茶葉があるのです。さぁ、顔を上げて」


 紳士は穏やかに言いながら膝をつき、モモへと向かい手を伸ばす。

 友愛の握手と呼ばれる姿勢であった。


「ご厚情は嬉しいのですが、ドーバー海峡よりも深く反省しておりますので……」


 だがモモは詰めを誤らない。だからこそ、若くしてCEOをやっている。ブリテンとガリアを隔てる海峡の名を出してまで、謝意を見せていた。

 両国はカレーがどうだかなどと、この海峡の呼び名で揉めている。全力の、親ブリテンアピールだった。


「そんなに深くはないわな?」

「ですが、根は深い」


 言ってやれば、クックと笑う。海賊はあまり関係ないが、提督は結構関係していた。イスパニアの海軍ほどでもないのだが。


「いやいや、お嬢さん。お立ちくだされ。これで私もブリテン郷紳でありますからな。紅茶をお絶ちになった淑女を、これ以上責められはせんよ」


 手を握られる。厚く、堅い男性の、力強い手。とても、紅茶臭かった。

 モモは半ば無理やりに立ち上がらされてしまう。


「お掛けになってお待ちを。少々中座しますぞ」


 笑いながらそう言って、椅子を引く紳士。背中を向けて去ってゆくローゼンタールの役員。

 その背中を見送りながら、不敵にCEOは微笑む。

 面倒臭いおっさん達だが、ブリテン紳士への対応策は完成していた。


 言葉遊びと紅茶。それらこそ、良くも悪くも彼等の急所であった。


「ありがとうございます」


 土下座や紅茶断ち程度、何の問題もない。

 賠償請求などとか言い出されるよりも、余程マシである。

 大体モモは、コーヒー党だった。たんぽぽコーヒーに敵う飲料は存在しないのだ。紅茶どころか赤い牡牛にも、負けはしないと誇りがあった。


 大企業ローゼンタールの専務だかなんだか知らないが、所詮は雇われ。こちらは、CEOである。

 負けるわけにはいかない。


 反省した顔を見せながらもモモは、チョロいものだと腹の中で高笑っている。




「悪意あってではないと、我々もわかっておりますからな。今回は厳重注意ということで、手を打つとしますかな」


 あまりにも寛大な薔薇族のおっさんに、モモは思わずトンボへの猫吸いを許可しそうになった。


「あ、ありがとうございます。今後は徹底的な再発防止策を講じるつもりです。この度は、大変ご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ございませんでした」


 それでも社会人であるので、取り繕う。深々と頭を下げた。柑橘の香り漂う紅茶の表面に、波紋が拡がっていく。


「大人の余裕というものです。しっかりと反省しているのならば、これ以上文句は言いませぬよ」


 中々話のわかるお方で、だからこそモモにも配慮が必要となる。


「そう言って頂けても、差し出せるのは猫のお腹くらいしかございませんのが、心苦しいです」


 しおらしく、打診をしてみる。交渉とはこういうものだ。強く主張をしたから進む。そんな簡単なものではない。


「若者を抑えつけるなぞ、紳士の名折れですからな」

「素敵ですわ、おじ様。流石はブリテン紳士にございます」


 おべっかも忘れない。

 大体、おじ様は犬派なのかもしれないのだ。

 猫吸いは人類の義務だが、それを押し付けるほどモモは狭量ではない。

 言葉では平身低頭しながらも、気持ちは勝っている気がしていた。モモは結構、調子が良い。


 薔薇属性のおじ様が、カップへ優雅に口を付ける。

 モモにも、お求めであればトンボのお腹を差し出す決意が固まった。


「お説教は、ここまでとしますか。それでは、接続障害を起こすほどに寄せられたお問い合わせについて、お答えしましょう」


 そして、カチャリとソーサーへと置いた。CEOは全身を耳にするような、態度をとっている。


 ——流石は大企業の役員ともなると、やるわね。


 つい、仰ぐように見てしまう。

 尊敬にも似た気持ちがあった。これが、大企業なのかという納得も。

 この余裕の差が魔女と紳士の違いなのかと、感動にも似た思いで震えてしまう。


 営業妨害などされたなら、取り敢えずは殴りにいくのが魔女だった。


「営業への熱意、一応は健全である財務状況。稼働可能な労働力と配送業務への適正。厳重な審査の結果——」


 薔薇紳士は、まだ最後まで言っていない。

 だが、モモの脳裏には高らかな凱歌が響き渡る。ゴクリと喉を鳴らしてしまったことに、彼女自身すら気付かない。


「試用期間として、一日二十程度の荷物をお任せしてはどうか。といった具合になりましてな」


 ——日に、二十。黒猫たちの一日の稼働数は、現行では二十程だった。そして、現状稼働可能なのは少なくともその倍となっている。


「やりますっ!」


 思わず、間髪も入れずに答えてしまう。


「こらこら、お嬢さん。そんな安請け合いでは損をしますぞ。が、やる気は評価します。……こちらが、契約内容となります」


 専務様が取り出したるは、分厚い紙束。

 煉瓦並みの厚みのある「覚書」が、立ち上がった彼により、モモの手へと渡された。


「『魔女の宅配便』CEO殿。よく、お読みくだされよ。質問などがございますれば、どうぞご遠慮なく」


 ありがたいお言葉へお礼をする前に、モモは覚書をめくり始めていた。

 最初にお決まりの条文があって、具体的な契約内容が並び始める。


 契約の開始日は最短で翌月始め。妥当なものだろう、まだ今月は半ばに過ぎない。

 これは試用期間として三ヶ月を経てからとなるが、その後は年末までとなる。以後、年毎の更新を打診されている。


 配達件数には保証があり、最低は二十。それ以上は交渉によりと書いてある。


「この、交渉期間が定められておりませんが」

「大体の配達予定は二週前までに決まりますので、そこまでとなりますな。ですが、余力があるならば期限後でも考えますな」


 なんと、大企業とは鷹揚なるものだとモモは感心する。途切れない仕事に充分な配達件数、それこそがモモにとっては望んで止まないものである。

 市内の配達は、翌日か即日のものばかりであった。


「その場合、割り増しとなりますな。最低、二割増しといったモノとなりますかな」


 求めて止まない条件に、モモは思わず叫びかけてしまう。だが大人の女は、そんなことをしない。極めて平静な声で問いかける。


「それではあまり、利益とならないのでは?」

「多少、落ちますがな。が、そこで揺れるほど、我々は落ちぶれておりません。信用で充分です」


 自信満々な姿は、流石は大企業様も言えた。

 しかも、どれもルンディニウム市内のものとなっている。時間も空間も、モモに文句はなかった。


「良いのかしら? こんな高待遇でも」


 モモも紅茶を啜る。香り高く、お値段も高そうなお味だが、たんぽぽコーヒーには及ばない。あの苦みに敵うものなぞ、殆ど存在しないでいる。


「この五年、誤配や遅配もないのですから、至極正当な評価であります」


 ありがたさにモモの頭が思わず下がる。

 卓に額を擦り付けたい気分であったが、なんとか思い止まった。

 荷運びに強い拘りがある分、最も力を注いできたモノであるだけに、それが認められたのが嬉しい。


「ゆっくりお読み頂いて、納得されたならば是非にと当方も考えております」


 ニコニコしているおじ様だ。何枚舌があろうとも、この笑顔は偽りでない気がした。


 何故なら、単価だって大したものである。

 同業他社へと営業に回っていた際に提示されたものよりも、遥かに良いものだった。

 誠意とは、お金であるのだ。


「この、損害が発生した際の保障や、免責などにつきましては——」


 彼女は段々と浮かれてきており、読み進めながらもフニャフニャとしたお顔になっている。

 けれども経営管理や経済、所謂経営学を学んだ身、数字などもしっかりと見ていた。


「可能な限り、こちらで保障しますとも。尤も、最大で半額程度はそちらの負担となる場合とありますが」


 細々とした条項にも目を通してゆく。その中には配信を通じた宣伝活動に関するものもある。


「この、必要と判断した場合は使用することが出来るというものなんかは?」

「ご存知かもしれませんが、我々は社会インフラの一員として、プロモーション活動には力を入れております。労働の価値向上のため。と言えば綺麗事ですかな?」


 これが、大企業の貫禄か。自社利益だけでなく、業界の将来なんかまでを見据えている。モモはドキドキと胸が高鳴るのを感じていた。


「色々と、個人への配慮も必要なのが社会です。その摩擦を減らし、効率的に協業するための、軽い約束程度のものですよ。事務方の、効率のためですな」


 事務作業の面倒さなんかはよく知るものだ。

 大いにモモは、契約内容に納得していた。


「やります! やらせてください!」


 つい大声で叫んでしまうくらいに。


「ははは、そう焦りなさるな。締結予定日まではまだありますので、従業員の猫ちゃんたちへもご相談すると良いでしょう。写されて、嫌がる猫ちゃんもおるでしょうしな」


 なんと、配慮のある大人だとモモは益々感服している。最近というか昔から、猫権は軽視されがちなのだ。たまに三味線にされてしまうくらいに。


 そもそも、三味線とは猫の皮を——。

 無駄知識を思い出す前に、モモは切り替える。


「協業パートナーシップを結ばれるなら、まだ我が社では使っていない希望の象徴「青薔薇」を、猫ちゃんたちへお贈りしましょう。協業の目印ですな」


 薔薇まで、ゲットであった。

 実はモモ、ローゼンタールの配達員が身に付けている薔薇が、ちょっと羨ましかった。

 猫たちは服を嫌がるので、目立つワンポイントを常々探していたのだ。


「次はトンボを連れて来ますので、存分にお吸いください」

「お、おう……」


 既におじ様も猫派だと確信している。そこに切り込まぬでは、敏腕CEOとは言えないものだ。


 モモは、怒られるとビクビクとしてやって来たときとは反対に、堂々として大型案件を持ち帰った。


 

 

 エレベーターの到着音が、キンコンカンと鳴る。


「ただいまー」


 扉が開けば、まるで借りて来た猫の様な姿でローゼンタール本社へと向かったモモが、帰って来ていた。

 大変に晴れやかな表情で、両手には大量の「てゅ〜る」を抱えている。


「おかえりなさい」


 どうやら、訴訟や高額賠償などという話まで拗れなかったようだ。ヘンリエッタは安堵の息と共に、我が社の長へと挨拶を返した。


「メイは?」

「お昼寝中」


 ソファーで丸くなり、キキと共に高鼾を掻いている元公女様を見やり、ヘンリエッタはギーコ、ギーコと車椅子を進める。

 

「それで、幾らくらいで手打ちとなったの? 賠償に必要なのは現金よ。貯金で賄えそう?」


 「魔女の宅配便」に、それほど大きな蓄えはない。

 株式会社として登記されているが、実質はモモの個人事業と変わらないものである。

 突然の大きな出費に耐えられるほど、強靭な経営体力はなかった。


「少し時間の余裕があるなら、なんとかなるけれど」


 かなり惜しいが、あのお尻の破れたボトムスをオークションにでも掛けているので、なんとかなる。

 ヘンリエッタは、そんな用意をしていた。


「甘いわ、ヘッティ。これを見なさい!」


 モモは抱えていた「てゅ〜る」の山をドサリと机に置き、勝ち誇った顔をして煉瓦のように分厚い紙束を突き出している。


「ローゼンタールの定期ルート配送の委託契約書よ! 日に最低二十件の保証付き! 単価も悪くないわ。ウチの戦略にぴったりな、大型案件よ! おまけに予定外の割り増しは二割増しよ二割増し!」


 ドヤ顔で叫ぶモモ。


「……は?」


 ヘンリエッタは眼鏡のブリッジを押し上げ、信じられないものを見る目で親友の顔と紙束を交互に見た。


 テロ紛いのお問い合わせアタックを指揮したCEOが、大手との業務委託契約を持ち帰ってきている。

 つい、間抜けな声も出ようというものだ。

 思わずモモへにじり寄る。そして、ペタペタと身体を触り始める。


「……」

「ちょっとヘッティ、くすぐったいわ」


 無言のまま、モモの身体を撫で回す。お胸の張りも良く、お尻も無事なようだ。大きくて柔らかいが、引き締まっている。


 ——大丈夫、おかしなことにはなっていない。


 あまりにもおかしな状況に、ヘンリエッタもやや錯乱している。


「東洋の神秘『土下座』と、涙の『紅茶断ち』の合わせ技よ。ブリテン紳士なんてチョロいものだわ。おまけに猫たちの肖像権にも配慮してくれるの。ほら、このプロモーション活動に関する特約のところ」


 モモが自慢げに広げたページを、ヘンリエッタは上から順に読んでゆく。指差しながら。

 最初の方は特に問題がない。一般的な条文だった。

 ふむふむと読み進めてゆく。


「hey! 尻!」


 大きな寝言を漏らすメイなど気にせずに、起き猫たちへ、「てゅ〜る」を投げつけてゆくモモでさえ尻目としながら。

 そんな彼女の指先が、とある箇所で止まった。

 そこに書かれた文言は。


 ——『乙(魔女の宅配便)は、ローゼンタールが広報・宣伝活動において必要と判断した場合、その所属人員の容姿、音声、および付随する肖像権を無償かつ独占的に提供するものとする。また、甲が乙を「公式パートナー」としてプレスリリースすることを、乙は無条件で承認する』


 ヘンリエッタは眼鏡を外す。優雅に眉間を揉みしだく。そして、長年の相棒を取り出した。


「それって、パン……」

「黙りなさい」


 モモが余計なことを言い掛けるが、即座に制する。

 取り出したのは、中央の巨大な円筒に大量の爆薬を詰め、その両側を大きな木製車輪で挟み、さらに車輪の外周に無数のロケットモーターを取り付けた構造の大型爆弾。


「そんな、お辞儀野郎を爆発四散させた物騒なモノを取り出しちゃって、どうしたの?」


 お辞儀パワハラ爺も、一度は仕留めた先祖伝来の爆弾だった。禿げ爺は図々しくも蘇りやがったが。


「どうもしないわ。単なるブリテン淑女の嗜みよ」


 サミュエル・フットの詩に登場する架空のキャラクター「お偉方」にちなんで名付けられた、ブリテンの誇る聖爆弾だった。


「ちょっと、出掛けてくるわ」


 標的はローゼンタール。七色の舌を持つブリテン紳士の居城だ。


「う、うん。気をつけてね」


 仔猫ちゃんを弄ぶように、桃尻を弄ぼうとする汚い大人を許せない。

 あの条項に隠された意味など、明白だった。

 奴らの目的は、猫たちなどではない。お尻だ。そして、桃尻女神そのものにある。


 平和なお顔で手を振るモモ。

 その尻を独占するなど、ヘンリエッタには許せない。

 アレは、私達のものである。そう確信している。


 生き残った女の子、選ばれし者。

 二十七歳となった淑女、ヘンリエッタ・リリー=ジブリール。久々のマジギレモードであった。

 

 ——薄汚い舌を根こそぎ、引き抜いてあげる。


 車椅子の上で、女は微笑の仮面を深める。


「カタパルト、用意」


 ヘンリエッタは車椅子に取り付けられた、遠隔操作機へ指先を走らせた。


「code:annihilation」


 ——殲滅。


 大袈裟であるが、返答いかんによっては、それさえも視野に入れなければならない。

 ゴゴゴと音を立て、モモのオフィス、「魔女の宅配便」本社事務所は変形してゆく。

 軍事施設へと。

 第二次大戦時から建つこのビルは、ミサイル発射場を兼ねていた。賃貸契約でも、家主の要請により、本来の用途として使われることが明記されている。


「ひゃん!」


 発射用に窓が開く。モモはいつもの様に腰を抜かしてしまう。


「さむいー。ガクブル」


 メイもお昼寝から目覚めてしまうが、都合が良い。


「メイ、ちょっと出掛けてくるから、窓を閉めてあげてね。メイのおかげで、安心してモモを任せられるわ」

「いえす、まむ!」


 メイは見事な敬礼を見せた。流石は王家の血筋、幼くとも軍人教育が行き届いている。

 完全被甲弾のデブも、微笑んでいることだろう。

 あの厳しくも熱い鬼軍曹も、あの世でさぞお喜びのことだろうと思えた。お米とは所属が異なろうとも。


 車椅子に深く腰掛けたヘンリエッタが、カタパルトへと固定される。

 カタカタと、モモの震えよりも大きな振動。鋼の鼓動が大きく響く。


「いってきます」

「「いってらっしゃい」」


 それでも挨拶は、いつもと変わらぬものだった。

 目標は薔薇園。照準は、既に定められている。


 ——爆裂音。


 蒼き午後のルンディニウムの空で車椅子の淑女は、一発の砲弾となった。


 


 


お読みいただき、ありがとうございます。

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