終章 CANCER 2
しばらくすると一人息子が顔を見せた。大学を卒業した後、電力会社へと就職したばかりだった。隣の街だが、会社の寮へと入り、一人暮らしをしている。俺の顔を見ると、一言二言話をしただけで、妻をつれて帰っていった。
病院で寝泊りするのはこの歳にして初めての経験である。退屈なのは予想していたが、これほどとは思わなかった。体はどこも悪くないのに、ベットで寝ていなければならない理不尽な環境に耐え切れず、看護師を呼んで睡眠薬を頼んだ。
「夕べはよく眠れました?」
朝の回診で、主治医のパンクレー先生が顔を見せた。いつものニコニコした笑顔を振りまいている。カルテを見ながら、血圧などを測って行く。
「睡眠薬のお陰で、なんとか眠れました」
今日にも退院できますかと聞きたかったが、検査の結果異常などなければ、向こうから出て行けと言われることが分かっていたので、余計な問答は避けた。
「今日の午後には検査の結果が出るはずだら、午後四時にカンファレンスルームまで来てください」
ものの三分もしないうちに診察は終了した。これで検査の結果に何も異常がなければ、今日にも退院できるかもしれない。
日中は病院の中にある庭などを散歩して過ごした。病院食は口に合わないが、食欲がそれほどなかったので、多くを残した。そのせいか、売店でスナック菓子を買って食べた。することが無いので、煙草に火をつけるのに忙しい。
「そろそろだな」
俺は事務員に教えてもらったカンファレンスルームへと向かった。いくつも同じような部屋が並んでいる廊下を進み、パンクレー先生と書かれた表札のある一室のドアをノックした。
中にはパンクレー先生一人が椅子に座って、慌しくパソコンを打っている。
「そこへ座ってください」
パンクレー医師と対面の位置に座り、検査の結果とやらを聞く。いつもの検診では結果など紙一枚なので、緊張することもないのだが、今回は合格発表を待つ気分にも似ていた。もちろん、ほとんどの人が合格する予定の簡単なテストのようなものではあるが。
「実は……、あなたの命はあと一ヶ月くらいしか持ちません」
パンクレー医師は、検査の結果の紙を三枚を並べて言った。
「え。今なんと?」
思わず耳を疑う。せっかくの合格発表だというのに、ノイズが走る。
「奥様には、さきほどお話をさせて頂きました。そしてあなたが余命宣告を受けた時には、必ず告知するようにと日頃から仰っていたということなので、お話しようと思います」
愛想のいいパンクレー医師の面持ちが、今回ばかりは真面目で嘘はないと語っている。
「あなたの病気は、病気ステージ四の膵臓癌です」
医師の声が遠くのほうで聞こえているような感覚である。これは現実なのだろうか。夢なのだろうか。夢であるならば、これ以上は見たくはない。早く現実の世界へと戻してもらいたい。
「治る見込みはないということですか?」
難しい話は理解できない。イエスかノーかで答えてもらうしかない。
「これから検討はしてみまが…、今の所特効薬はありません」
後一ヶ月の命だと、治る見込みがないのだと。もうすぐ動く事も、考えることも出来なくなるというのだと。
今まで、煙草やお酒は続けてきたが、誰もがしていることであろうし、自分だけが特別何か悪いことをしてきたつもりなどはない。ただ、運が悪いというだけというのであろうか。これが天命なのだと。
「先生、教えて下さい。いったい何が原因で、何がいけなかったというのですか」
懇願する私の熱意に折れて、パンクレー医師は話てくれた。現段階の医療技術と、医師の想像とを交えて、恐らくという前置きをつけて、体内の神秘へと思いを馳せる。