第六章 プログレッション (増殖) 7
最後の意識を振り絞り、ブレインとの交渉に挑む。
「最後の試練によく耐えたな。アデノはわしが送り込んだ刺客じゃ」
始めから、アデノは俺を殺すつもりだったという。最後の最後で、俺を止めるのが彼女に課せられた使命だったのだと。
「何故そこまで」
昔から知っているアデノ。どんな経緯で刺客にならねばならなかったというのだ。
「世を支配しているわしに、出来ないことはない。……というよりも、お前を仕留める手だてはそれくらいしかなかったと言ったほうが正確じゃな」
俺を殺すために、オンコジーンを消滅させるために、そこまでしなければならないというのか。
「オンコジーンは奇跡を起こすものではなかったというのか」
全てはオンコジーンから始まった。引き合うことで、ひとつの形となり、花開く。
「確かに、お前からすれば奇跡なのかもしれないな。だが、わしにとってそれは驚異じゃ。オンコジーンは変化と永遠を可能にする。つまり、今ある現状を好まず様相を変え、終わりなき生命を可能にする。そのパワーを封じる方法はない。だから、すべてを破壊するしか方法がないのじゃ」
神にすら変えられないオンコジーンの力。
神は、なんでもできる存在などではないのだ。
神は、すべきことをする存在。
選択こそが神の使命なのかもしれない。
「このままオンコジーンを見過ごせば、やがて地は滅ぶ。全て、オンコジーンのパワーの源となって吸収されつくすのじゃ」
変化するのにも、永遠の命を存続させるのにも、それなりのパワーが必要だという。
「では、このオンコジーンを破壊すれば問題は解決するのか」
俺はオンコジーンを神へと差し出した。すべての悪凶はこのオンコジーンなのだ。
「破壊……は、残念ながらできまい。それが永遠という意味じゃ。だが、もしかすると、封印ならできるやもしぬ」
オンコジーンの封印。現状のまま力を抑え込む。
「どうやる。教えてくれ」
それが何を意味するのか分からない。
「封印にもパワーが必要となる。お主の命と引き換えに封印する。どうだ、やるか?」
これが神、ブレインとの取引だった。
オンコジーンの力を手に入れた俺の手で、封印しろというのだ。その方法を教えるという。
そして、それは命をかけるものだと。
「だが、封印したからといって、いつその封印が解けるか分からん。お前の覚悟次第であろう。残された愛するものを思う気持ちが強ければ強いほど、きっと封印は長く守られるであろう」
封印が解ければ、間違いなくこの世は破滅する、いやさせるという。
平穏が少しでも続くのであれば、俺の命ひとつ、安いものだ。
「朱里に、伝言は頼めるか」
俺は腹を決めた。いや、ここに来る前にもう決まっていたのかもしれない。何があっても、朱里の、朱里のいる世界を守るのだと。
「うむ。話してみい。朱里の脳へ直接つないでやろう。特別にな」
そう言うと、ブレインは俺の頭へと手を当てた。
「朱里、聞こえるか。俺だ、ルイだ。今ブレインを通じて話している」
目を閉じて、朱里を想像しながら話した。
「ええ。聞こえるわ。無事に着いたのね」
朱里の返事もちゃんと聞こえる。愛おしい彼女の声。これが最後の会話となるであろう。
「ブレインとの話し合いはついた。オンコジーンを封印することにする。だが、それには俺の命が必要なんだ。分かって欲しい」
二人の未来に、奇跡など、最初からなかったのかもしれない。
「結局そうなるのね。分かっているわ。わたしのためにそうしてくれようとしているのよね。愛してるわルイ」
多くは語らなくとも、二人の間に絆はしっかりと出来ていた。俺の意志も希望も全て飲み込んで、その上で受け入れようと努力してくれている。