第一章 シグナル(刺激) 7
警備員として働くことになり、俺は好期を伺った。
潜入してみると、ますます朱里の人柄やまじめさが伝わってきた。
毎日決まった時間に学校へ行き、その後は料理教室や多くの習い事などを熟し、夜遊びなどすることもなく、多くの人々に愛されていた。
「彼女も可愛そうなもんさ」
休憩時間にシーズはつぶやいた。シーズにも一人娘がおり、親の反対を押し切って家を飛び出し、ミュージシャンの卵と一緒に暮らしているという。それがきっかけで、妻とは離婚。警察官を続ける気力を失い、こうして警備員として働いている。今では娘の結婚を反対したことを後悔しているのだと。
「結婚相手がまずいのか?」
まだ二十歳にも満たないが、もう結婚話がでているのだろうか。朱里のことは気になってしょうがなかった。
「ああ、そうだ。二十歳に結婚しなければならない仕来たりも可愛そうだが、よりによって相手が最悪だ」
朱里のこれからの事に関しては何も知らなかった。シーズは『仕来たり』と表現したが、実は親同士が勝手に決めた政略結婚なのだという。朱里は親に逆らうような事はしないし、それが幸せなのだと信じている。
「なんで、そんな最悪のやつと?」
朱里の結婚相手は、すぐ隣の町に住む石油王の息子だという。女たらしでどうしようもないが、表向きには紳士な坊ちゃんで通っており、親たちはそのような悪事を知らないらしい。
「韻一族が繁栄していくには、それしか道がないのかもな」
シーズは遠い他の世界の話をしているかのような口調だった。自分には関係のない事なのだと。
朱里は石油王の息子と、二十歳で結婚することが決まっている。彼女が二十歳になるまであと十ヶ月。この状況で、彼女を殺すことでいったい何のメリットがあるというのか。誰の企みなのだろうか。彼女がターゲットになった理由が分からない。
しかし、自殺の理由としては、許婚が女たらしというものであれば、辻褄が合う。
朱里が死んで得をする人間はいったいだれなのだろうか。
俺はチャンスを待った。
そして、警備員の見習いとして働き始め、一月ほどたったある日、朱里が旅行をするという情報が入ってきた。
結婚をする前に、一人で各地を見て回りという。期間は十日。
ただ、厄介なのは朱里の護衛に黒服が二人同行するという。暗殺のタイミングは難しいが、またとないチャンスだ。
俺は警備員の見習いを、朱里の旅行の三日前に退職し、朱里の旅行予定を事前に入手した。
親の決めた結婚相手が女たらしだと発覚したが、それを誰にも言えず苦にして自殺。これが筋書きだ。
警備員の見習い中に、俺は朱里の筆跡を手に入れていた。
そう、遺書を書くために。
準備は全て整った。