第五章 プロモーション (促進) 10
朱里は細胞を奪われたというが、胸の痛みは消え、何の変化もない。
「さあ、そろそろ始めましょうか」
そう言うとファージは立ち上がり、踵を返し、部屋から出て行こうとする。
「ま、待て。話はまだ終わっていない」
待たされたあげく、世間話だけで済まそうとでもいうのか。俺はファージの背中に標準を合わせ、いつでも打てるよう身構えた。
「勘違いしないでちょうだい。だれがあなたたちと話合うと思う? あなたたちを抹消するために呼んだのよ」
そのまま出て行こうとするファージの背中に向けて、俺は引き金を引いた。ファージの強さを推し量るためだ。大刀一本で、いったい何が出来るというのか。
ダン
入り口の扉は開いている。だが、そこにはもうファージの姿はない。俺が引き金を引く瞬間、消えていなくなったのだ。
「朱里、ひとまず地上にでよう。ここじゃ袋のネズミだ」
やはり最初から話し合いなどするつもりはないのだ。
「きゃ」
突然どこからともなく、手裏剣が飛んで来て、朱里の腕をかすめた。
「大丈夫か?」
彼女の傷は浅い。だが、まともに命中してれば、死んでいたかもしれない。
「とにかく、逃げよう」
俺は朱里の手を引いて、来た道を戻り、教会へと上がった。
だが、またもや手裏剣がどこからともなく飛んで来る。
寸前のところで交わしても、またブーメランのように戻ってくるのだ。
ダン・ダン
拳銃で弾き飛ばすが、次から次へと手裏剣の数は増えてくる。しかも、朱里だけを狙って飛んで来ているのだ。
教会から急いで外へと出た。
車に置いてある盾『ヴィエ』を取り出し、朱里に持たせた。この盾は攻撃を察知して、その方向へ自動修正する機能をつけてある。彼女でも十分使いこなす事ができ、彼女の命を守ってくれるであろう。
「これでしばらく耐えるんだ」
手裏剣は、教会の裏から飛んで来ていることに気がついていた。急いで裏へと回る。なるべく手裏剣を打ち落としながら。
「ここまで来るのが、予想以上に早いですね」
ファージの言っていた双子だろう。どっちがどっちが見分けがつかない。
「すぐに止めるんだ」
双子の片方が、手裏剣を作り出し、もう一人が手裏剣を飛ばしている。
ダン
手裏剣を飛ばしている方を狙って撃った。
キィン
俺と双子の間に、いつの間にか、ファージが立っている。そして、大きな剣で、俺の弾丸を弾き飛ばしたのだ。
「これが余興とでもいうのか」
ファージほどの力を持ってすれば、俺たちなどすぐに倒されてしまうであろう。しかし、それをしないのは、楽しんでいるだけとしか思えない。
「そうよ。この手裏剣はね、朱里の細胞一つ一つに向かっているの。分かる?」
先ほど取られた朱里の細胞の情報を分析し、追尾しているというのだ。そして、彼女の細胞が朽ち果てるまで、切り刻み続けるというのである。
「早くしないと、愛しの彼女が傷だらけになるわよ」
ファージは心から楽しんでいるようである。まずはファージを倒さないとこには、手裏剣を止めることが出来ないということか。
「勝負を面白くしてあげるわ」
次の瞬間、ファージは俺の背後へと回った。