第四章 イニシエーション(開花) 12
ベタの裏山には、朱里の別荘があり、ひとまずはそこへ身を隠すことにした。普段使われていない別荘で、長期休暇の時以外は閉鎖さてれているらしい。
彼女は鍵の隠し場所を知っており、おそらく気づかれないだろうというのである。
「よく最後のオンコジーンが見つかったな。どこにあった?」
車を走らせながら、窓を開け、気持ちのよい秋の風を受ける。街で買い物を済ませ、夕暮れも近かった。
「もう二度と御免だわ。あんな思いをするのは」
風に揺られる髪を抑えながら、朱里の顔が赤くなったのに気がついた。
彼女が、栗夏を誘惑し、最後のオンコジーンを手に入れた経緯を聞き、思わず笑ってしまった。
「よく何もされなったじゃないか」
女には目がない栗夏の事だ。何もなかったなんて不思議でしょうがない。
いくら睡眠薬の効果だったとしても、それに打ち勝つくらい女々しい奴であるに違いない。
「俺のために、そこまで……。ありがとう」
感謝の気持ちは伝えても伝えきれない。
彼女がオンコジーンを集めてくれていなければ、俺はもう処刑されていた。
彼女の愛が伝わり、その愛らしさがとても魅力的だった。
「愛してるよ、朱里」
運転中も彼女の手は離さない。
こうして、朱里の別荘へ入り、二人での生活が始まった。
今回は、前回の逃亡のときとは違い、警察や軍隊などが捕まえにくる気配などはまったくなかった。
不思議なことに、テレビなどもメディアにも全くもって登場しないのである。
オンコジーンの力なのか、それとも裏で何かの力が動いているのかは分からなかったが。
とにかく、誰の干渉も受けることなく過ぎていく日々に不安を感じながらの生活だった。
とりあえず、別荘の裏には使われていない畑があったので、朱里と二人、自給自足の生活に毎日が楽しく過ぎて行くのであった。
「ルイ、あなたは異人血の持ち主だって知ってた?」
ある日の夕暮れ、今日も一日無事に終わったことに感謝しつつ、朱里の手作りの料理に舌鼓を打ちながらくつろいでいる時に、彼女は切り出した。
「何?それ。有名人なの?」
まったく初めて聞く言葉だった。小さい時は、殺しの修行ばかりしていたので、一般的知識が少し足りないのかもしれない。
「ううん。なんでもない。気にしないで」
朱里の説明によれば、その異人血のおかげで俺は殺される運命にあったとか。そして、俺との間に子供が生まれれば、災いを呼ぶとされ、きっとどんな手を使っても抹殺しにくるであろうというのだ。
たとえコンコジーンの力があったとしても、そこまで現実を捻じ曲げることはできないであろうという。
俺達二人が幸せに暮らせれば、それ以上のものは望まない方がいいのではないかと話し合った。
異人血を持つものと、愛し合ってはいけないというルールはないのだ。
純粋な愛だけが、それを許し、包み込む。
「でも、気を付けてね。いつ狙われるか分からないから」
朱里はいつも心配をしてくれた。オンコジーンの奇跡があれば大丈夫と、言って聞かせてはみるものの、何の自身も根拠もない。願うは、今の幸せが一日でも長く続くことだけだった。