第一章 シグナル(刺激) 5
韻一族は、云わば投資家である。金融も担っており、その影響力は計り知れない。
彼等のさじ加減で、多くの企業が作られ潰れていくのである。
その一族の末娘、韻朱里が今回のターゲットだ。
彼女は一人娘で、謎が多いとされている。
住んでいるのは、蘭夏留という大きな街だ。
車で5時間。今回の滞在は少し長くなるかもしれないと、身支度を整え出発した。
その街は、人口が多く、活気があった。多くの高層ビルが立ち並び、交通量も多い。行きかう人々は世話しなく何かに追われているかのように早足だ。
夕暮れを過ぎ、俺は蘭夏留の街についた。なるべく展望のよいホテルを探した。
街の真ん中辺りに、街一番の大きな建物がある。最上階は雲の上で見えないほどだ。
この建物の中に、韻朱里は住んでいる。
ホテルの窓からは、ちょうど彼女の住む建物が見えた。
早速、夕飯がてら夜の街へと散策に行くことにした。まずは情報を少しでも多く集めたい。
それから、自殺できそうな場所を探さなければならない。
依頼を受けたからには、確実に遂行する。それが俺の使命だ。
街の真ん中にある、街一番の大きな建物の一階と二階は飲食店が入ったテナントになっており、そこのバーへと足を運んだ。
店の中は多くの仕事帰りの客で賑わっている。独り者の客も多数いた。
俺はカウンターに座り、ビールを注文した。
横に座っていたのは中年の男性だ。バーテンとは顔見知りらしく、親しそうに話をしている。大分アルコールも入っているようだ。話の内容から、彼はどうやら、このビルの警備員らしい。
「このビルに最上階に住んでいる人ってのはどんな人なんだい?」
酔っ払いの相手は、爺に訓練されていたのでお手の物だ。まだ一杯しか飲んでいなかったが、酔っ払いに成りすます。
「誰って、朱里さんのことかい。いい女だよなぁ」
彼は何の疑心もなく話をしてくれた。
すかさずビールを足してやる。
「でも性格が悪いという噂じゃないか」
酒の肴といえば、他人の悪口と相場は決まっている。噂話が嫌いな酒飲みなどはいやしない。
「おめーもあれだな。風刺に乗せられるタイプだろ。でもあれは嘘だな。彼女はそんな人じゃない。純粋で、やさしいいい女だぞ~~」
風刺とは、おそらく人身売買の話である。お金の力で奴隷を囲っているというのが専らの噂だった。
「そんなにいい女なのかい?」
情報には、正しいものと、作られたものがる。見極めは難しいが。
「あったりめぇよ。ただの一警備員の俺なんかにも、毎日ちゃーんと挨拶してくる。名前だって覚えてくれてるんだぜ。このビルの警備員達は、皆彼女のファンさ」
極悪非道の人体実験、そんな話は一切出てこない。
まさか、爺が情報を読み間違えたか。
それとも、偽りの姿を見せているのだろうか。
この国で一番の大金持ちだ、何があってもおかしくはない。
この警備員の名前はシーズと呼ばれていた。
皆から信頼も厚く、仕事熱心でまじめな仕事ぶりだそうだ。遅刻や欠勤などもなく、残業も進んでやるという。
警備員になる前は警察官だったのだが、理由があって転職したと。
正義感が強いのも納得がいく。
俺は、一通りの情報を集め、ホテルへと戻った。
これからの作戦を練らねばならない。