第四章 イニシエーション(開花) 4
栗夏と面会の日がやってきた。彼とは幼少の頃に何度か会ったことがあった。親同士の勝手な政策の一つとして、許嫁とされていたことに納得はしていなかったが、仕方のないこのなのだと諦めていた。
「ようこそ、朱里さん。お久しぶりでございます」
栗夏はとても礼儀正しく、紳士な振る舞いで、誰にでも好かれるような好青年だった。
身長も高く、鍛えられた肉体が、シャツの上からでもはっきりと見て取れ、男としての自信が満ち溢れている。
「お会い出来て光栄ですわ」
思わず、彼の雰囲気に飲み込まれそうになったが、意識をはっきりと持ち抵抗した。駆け引きは上手ではないが、彼に引き込まれてはいけない。
「あなたを誘拐した不届き者の処罰は私に任せてください。あなたの目の前で処刑して差し上げますので」
笑いがこらえきれないといった表情で勝ち誇った台詞を吐く姿は、まるで悪魔の化身のようにも見えた。
きっと、ルイのことがなければ、栗夏に心を奪われていたのだろうと思った。
「いくらなんでも処刑は可哀そうではありませんか」
大きな部屋の、大きなテーブルには、ものすごい数の御馳走が並べられ、壁際のステージでは、控え目にクラッシク音楽を演奏する人たちが座っていた。栗夏の合図とともに、音楽が奏でられ、食事の時間となった。
「お優しいのですね。国家一級の犯罪者にまでもご慈悲をかけられるなんて。ますますあなたの事が好きになりました」
調子のいい口調で、話はさらっと流され、結婚式の話であるとか、その後の新居の話であるとかにすり替えられてしまった。今回の接見の演題は結婚式についてなのだから仕方のないことなのだが、ことルイのことになると、流されてしまう。
ルイの処刑回避は絶望的だった。栗夏の意志は固く、絶対に許さないという気迫に満ちているのだ。フィアンセの意見など聞く耳持たない、いや他の誰の意見もきっと聞きはしないであろう。
「美味しいお食事をありがとう。明日、夜は、お食事の後、二人きりでお酒でも飲みませんか」
明日の日中は、結婚式のリハーサルなど予定が詰まっていたので、自由になれるのは夕食後でしかなかった。
「も、もちろんですとも。では、ラウンジでお待ちしております」
彼は少し慌てて返事をよこした。女性からの誘いであれば断らない。それが栗夏という男なのだ。
おしとやかで、自分の意見は言わず、三歩下がって付いてくる……。栗夏にとって、私はそんな女性だと思っていたはずである。今までそのように振る舞いをしてきたし、それが私の表の顔だった。
そんな私が、まさかルイさんと一緒に逃避行するなんて、夢にも思わないのでしょう。
だから、私がお酒に誘うなんてことも意外だったに違いない。
これが吉とでるか凶とでるかは分からないが。
食事が終わると、客間へと通され休んだ。次の日も、日中は忙しくスケジュールを熟し、栗夏と二人きりになることはなかった。
滞在期間は、二泊三日。
チャンスは一度キリしかない。
もし栗夏の寝室にオンコジーンがなければ、他を探さなければならないのだ。
失敗は許されない。