第四章 イニシエーション(開花) 1
………… その後、朱里は …………
「ご無事でなによりでした」
縛られた縄を解き、口にされたガムテープを外してくれたのはインフェだった。彼はいつも優しく接してくれる。兄のような存在だった。
「ええ。ありがとう」
ヘリコプターの音で耳が痛かったのと、ルイが捕まってしまったことで心が痛かったのとが重なり、それ以上話をする気分にはなれなかった。
ルイの乗っているヘリコプターが前方に見え、彼はそのままレバへと送られるのであろうと予測できた。
「ルイ、死なないで」
彼なら逃げ出せる。きっと何があっても。根拠のない自信、というより願望に希をかけるしかなかった。
日に日に彼を思う気持ちが自分の中で大きくなっているのにも気がついていたし、その気持ちに嘘はつきたくなかった。
ヘリコプターは直接、自分の家の屋上へと帰還し、屋上では父と母とが揃って出迎えてくれていた。
全てを知って見守ってくれてた父と母には感謝の気持ちで一杯だった。
「お父様、お母様。ご迷惑をおかけしました」
父と母は何も言わず、ただただ、抱きしめてくれた。
「帰って来て草々で何なんだが……」
父は口ごもりながら話を始めた。父にとっては、韻の一族を守ることが何より大切なのは分かっていた。それでも、自分の人生は自分で責任を取りたいと、今は強く思っている。それもルイという心の強い人に会えたお陰だったのかもしれない。
「実は、栗夏殿から、結婚式をひと月後に執り行いたいという申し出があって……」
申し訳なさそうな父が少しかわいそうにもなったが、父は父なりに考えてのことだろうと憶測した。
「そんなに早く? 栗夏さんはもう少し節度のある方だと思っていましたわ」
もちろん、父も栗夏の女癖の悪さや卑劣さは話してある。それでも嫁に行けというのだ、一族のために。
悲しさを通り越し、哀れむしかなかった。
「わかりました。お受け致します。そう栗夏殿に伝えてください」
今回のルイを捕まえるにあたって、騒動を大きくしたのは間違いなく栗夏であろう。おそらく、ルイの犯罪、刑罰など、すべてに口を出しているはずである。
そして、処刑が決定されれば必ず栗夏が立ち会うであろうと考えた。
つまり、栗夏にくっついていれさえすれば、ルイに会えるかもしれない。もしかしたらルイを助け出すチャンスがあるのかもしれない。
甘い考えなのかもしれないけれど、今の私に出来ることはそれぐらいしかなかった。
一か月もの間、栗夏と親密にならなければならない屈辱は耐えがたいものだろう。
だけど、ルイが殺された後のことはなるべく考えないようにした。そうしないと自分の心のコントロールができなくなりそうだったから。
万が一、ルイを助ける手だてがあるのなら、それに全てを賭ける覚悟をしていた。
ひと月後に結婚式が執り行われるというニュースは、瞬く間に全国へと知れ渡った。栗夏が大々的にマスコミ発表をしたおかげだ。それと同時に、私を誘拐した罪で死刑宣告を受けたルイの事もわざわざ報道したのである。
全ては栗夏の思い通りの筋書きであるにもかかわらず、あくまでも被害者を装っての演出だった。