第三章 オンコジーン(変異) 9
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それから二日ほど移動し、小川で体を休めていた時、突然頭上をヘリコプターが通過した。
これほど山奥にヘリコプターが来ることは珍しい。
と言うより、見つかったと考えなければなるまい。
衛星写真か何かに移動している車が移ったに違いない。そうでもしなければ見つかる筈などないのだ。
「逃げよう」
急いで車に乗り込み、発進させたが、道は砂利の凸凹道だ。思うようにスピードは出ない。
旋回してこっちへと戻ってきたヘリコプターを見たとき、唖然とした。
それは軍事用の超高速でも飛べる戦闘タイプのヘリコプターだったのだ。いつくものミサイルを搭載しており、後ろには何十人も人が乗れるスペースもある。
しかも、ヘリコプターは三台も来ていた。
そのうち二台のヘリコプターからは、ロープを伝って人が降りてくるのが見えた。
俺は運転しながら拳銃でヘリコプターを狙ったが、ビクともしない。防弾ガラスに特殊加工の機体の前には成す術がない。
一方、向こうの攻撃は容赦ない。小型ミサイルを次々に打ってくる。だが、微妙に車をずらして狙っているのは、朱里の安否を気遣ってのことだろう。
それでも車はミサイルを避けるのと、道の起伏とに右往左往し、崖の一歩手前で横転して止まった。
ひとまず、朱里に怪我はないが、シートベルとを外して車の外へと脱出するのに手間取った。
その間に、武装した兵士達に回りを囲まれてしまった。
背後は崖、前方には十名を超える兵士。
横転した車を盾にして様子を伺う。
万事休すか。
ここで戦闘を初めてもよかったのだが、それでは朱里を巻き添えにしてしまう。
俺が発砲すれば、向こうも容赦ないであろう。
悩んだ末に、俺はひとつの答えを出した。
「朱里、君の事を誰よりも愛している。だから、君を傷つけるわけにはいかない。俺の分まで生きてくれ」
車が横転した時に、足をやられたようだ。左足の感覚がなかった。
これ以上の逃避は無理であった。
「だめ。私も共犯よ。一緒に捕まりましょう。そして一緒に……」
それ以上朱里の口から言葉が漏れないようにと、口づけで塞いだ。
朱里の目からは涙がこぼれ落ち、俺は力いっぱい彼女を抱きしめた。
「羽衣、おとなしく朱里さんを渡すんだ。無駄な抵抗は死を早めるだけだ」
横転した車越しに音声拡声器で声が響く。周りは完全に包囲されたのだ。
しかも、俺の素性は完全にばれているようだ。
俺を仕留めるために、警察などにも情報を流したに違いない。
「きっとサイモシンの声だわ。話せばわかってくれるかも」
以前、朱里の護衛についていたサイモシンが、今は特殊部隊の指揮をとっているのだろう。相手が知り合いで少しほっとした。手荒な真似はしてこないであろう。
「よかった。これで君は助かる。いいかい、俺に連れまわされていたこといするんだ」
そう言って俺はロープで朱里の両手を縛っり、ガムテープで朱里の口を塞いだ。
「撃つなよ」
俺は両手を見えるように高く挙げ、武器などを持っていないことをアピールした。
朱里の人生をよりよいものに変えようと志したが、所詮俺一人の力ではどうにもならないことだったのかもしれい。現実から逃げる事が精一杯の抵抗だったのだ。非力な自分が情けなく、悔しかった。
「隙を見つけて逃げるから、安心して」
最後にそれだけ言って笑顔を作った。さようなら朱里。心の中ではそう呟いていた。
捕まれば最後、きっと極刑になるだろう。つまり死刑。
俺の知る限り、いくら悪あがきをしたところで、逃げることなど出来やしない。