第三章 オンコジーン(変異) 7
カキーン
夕食を頂き、くつろいでいた時に、立ち上がろうとした朱里の腰のベルトから、突然三角形の板が滑り落ちた。
皮で作ったベルトなので、易々とは落ちないはずなのだが。
「あ!オンコジーン」
人里離れたど田舎で、若い娘が、三角形の板を見て名前を呼ぶ。一瞬、耳を疑ったが、明らかに板を見ての反応だった。辞書や歴史ものなどには一切情報が載っていない代物であるのにも係らず、それを彼女はオンコジーンと呼ぶのだ。
「知ってるの?」
半信半疑で聞き返すのも無理はない。朱里も不思議に思っていた板なのだ。初めての情報。
「全部で四つあるんだけど」
朱里は腰ベルトを外し、娘に見せた。娘は目をキラキラとさせ、四枚の板を繁々と見つめる。
「伝説は本当だったんだわ……。仙人の言われていた通りだった……。あなたたちが選ばれし者なの?」
それは古くから伝わる伝説だとういう。
昔話として伝えられ、娘は仙人から一度見せてもらったことがあるという。
ただ、昔話なので、詳しくは仙人に聞いてみないと分からないという。
「その仙人とやらに会わせてもらえないだろうか」
娘は快く引き受けてくれた。彼女の話だと、仙人は日中しか面会できないということで、明日まで待つことになった。仙人は普段は人と会うことはなく、一人で行に入っているという。
「じゃ、明日までゆっくりしていって下さい」
追われるようにしてこんな山奥まで来たが、そこで三角形の板の情報が得られるとは思ってもみなかった。
これもまた運命なのだろうか。
板に隠されし真実と、娘の言う伝説とが、俺達を引き合わせここへと連れて来たとでもいうのであろうか。
その日は久し振りにゆっくりと眠ることができた。
山奥では雑音の類など一切なく、まるで大自然の中で眠っているような感覚だった。
安らかなる眠り。その時は、追われていることなどまるで忘れていた。
次の日、太陽が昇るのをゆっくりと待って、仙人の処へと案内してもらった。
仙人は山頂に住んでおり、下界とは一切のコンタクトを絶っているそうだ。
険しい山肌を、娘の道案内を頼りに、ひたすら登り山頂を目指す。
二時間ほど登ってやっと山頂へとついた。
小さな壊れかけの納屋が一つ。それが仙人の住居だという。
「仙人様。お話をお伺いしたいのですが」
なかなか気難しい仙人だそうで、滅多に会話はしないということだった。
娘も直接話をしたことはなく、祖父に連れらて何度か面識がある程度だという。
「以前、仙人様に見せてもらったオンコジーンと同じものを持っているという方がみえているのですが」
娘はそこまで言って、あとはじっと待っているだけだった。
納屋の中から物音が聞こえる。
しばらくして、納屋の戸が開いた。
「今、なんと申した?」
ゆっくりと長い丈の白装束を身にまとった白髪の老人が出てきた。髭はボサボサで、長らく手入れはさていないようだ。頭のてっぺんはすっかり髪が抜けおち、太陽に反射するくらいすっきりとしている。
靴などは履いておらず、裸足のまま、木の枝を設えた杖を頼りにこちらへと向かって歩いて来る。
「これがオンコジーンなのでしょうか?」
俺は四枚の板を見せた。それを食い入るように見つめる。そして、俺の手から板を取り、納屋の横に置いてあった水ガメに浸した。そして、太陽にかざす。
四枚とも同じように太陽にかざして見てから、仙人は口を開いた。
「確かに、これらはオンコジーンじゃ」